発生日時:1987年8月
発生場所:ジョウト地方・アサギシティ
関与ポケモン:ヨルノズク(多数・野生)
関与人物:オオタ・ヨシアキ(業者代表/逮捕)
【解決済】嘆きの古井戸
1987年8月、夏の盆の時期に帰省した家族連れで賑わう港町《アサギシティ》北西にある山間付近で長らく放置されていた古井戸が再び注目を浴びる悍ましい出来事が発生した。
この古井戸は【かつて大干ばつの年に村人が生贄を投げ込み以後その魂が底に留まり続けている】という世代を越えて語られてきた昔話の象徴であり、怪談話として子供に夜更かしや危険な場所への立ち入りを戒めるための説話としても利用されてきた。
街の老人たちは今も『井戸に近づけば命を取られる』と言い聞かせ、若者でさえ容易に足を踏み入れることはなかったため、石垣は長らく草に覆われ、木の蓋は朽ちつつも頑丈な錆びた鎖に覆われており、数十年にわたり誰も覗いたことのない場所となっていた。
そんな古井戸から夜な夜なうめき声のようなものが響くのを複数の住民が聞くようになったのは同年7月中旬頃からだった。
最初は風の流れや水音が偶然作り出すものではないかと軽く考える者もいたが、日を追うごとに強まり続けるその声はまるで《人間の断末魔》のようであり、町全体が不安と恐怖に覆われていった。
井戸の近隣に住む住民は家中の明かりをつけて眠れぬ夜を過ごし日々疲弊していき、そのうち数名が病院へ搬送される事態にまで陥り、街では恐怖とともに井戸の話題が尽きることはなかったという。
しかし翌8月、町に戻った一組の兄妹が禁じられた恐怖の古井戸に足を踏み入れることになる。
都会で暮らす小学生の兄と妹はその日訪れた祖父母の家にて古井戸にまつわる話を聞かさるとともに決して近づかないよう繰り返し注意された。
兄妹が二人きりで外で遊んでいる時に例のうめき声が聞こえてきたため妹は怯えはじめたが、兄はそんな妹を怖がらせないために《作り話》であると笑い飛ばし、震える足を必死に押さえつけ笑顔で恐れない姿を見せという。
兄は先日初めてのポケモンとして授かったメリープとともに妹を安心させるために妹の手をシッカリ握りながら声の鳴る方へと向かっていった。
彼らはしばらく薄暗い裏道を歩いていくと荒れ果てた石垣の前にたどり着くと断末魔のようなうめき声が漏れ出る草に埋もれた不気味な井戸を発見した。
そのあまりの悍ましさに妹は恐怖に立ちすくみ瞳に涙を浮かべたが、兄はこみ上げる恐怖を押し殺し、妹を下がらせてメリープとともに前に出た。
兄はそのまま錆びた鎖が絡みついた重たい蓋にメリープの突進を複数回浴びせながら両手をかけ力いっぱい押すと蓋が井戸の石を擦りながら軋みを上げ、少しずつずれていきやがて暗い口が姿を現した。
その瞬間、井戸の底からけたたましい複数の叫び声が突き上げるように風が吹き上がり羽音と共に響き渡り、吐き気を催す強烈な《異臭》が立ち込めた為、兄はその場から即座に離れ妹に近寄らないように声を荒げた。
叫び声は一向に止まず、兄が震える体を無理やり動かして井戸の中を覗き込んでみるとそこには《数十匹の死骸が折り重なって腐敗した山》の上に羽を失い痩せこけ、衰弱しきった無数の《ヨルノズク》が互いに体をぶつけ合いながら鳴き声を上げ、井戸をなんとか登ろうとしている地獄の光景が広がっていた。
普段とは異なる響き渡る鳴き声を聞きつけた近隣住民が子供達が井戸の前にいることに気がついたため即座に駆けつけ、自体を把握すると警察へ通報し、その後警察とポケモンレンジャー隊が現場を封鎖した上でヨルノズクの救助作業を開始した。
井戸の中から救出された生存個体はいずれも羽が完全に折れ、極度の飢餓と脱水に苦しんでおり、捕獲網に収められた際には抵抗どころか声を上げる力すら残っていなかったという。
底に積み上げられた死骸はすぐには数え切れぬほどで、羽毛と骨が層を作り腐臭は辺り一帯を包みこんでいた。
その後の捜査により事件の背後にいたのは再開発業者の代表【オオタ・ヨシアキ(52)】であることが判明した。
オオタはその一帯を買収しようとしたが立ち退きを拒む住民の抵抗に直面していたため、彼は人々が恐れてきた古井戸に目をつけ、野生のヨルノズクを大量に捕らえて閉じ込め、夜ごとに響く鳴き声を《祟り》として利用したのである。
老人たちは昔話に縛られて井戸を避け誰も真実を確かめようとはしなかったのも好都合であり、そのまま恐怖を糧に土地を手放すよう追い込んでいく計画だったという。
オオタは繰り返し否認したが、会社の倉庫内からは捕獲に使われた罠や羽を折るために使用された工具や器具が押収され、従業員の供述も一致し、逃げ道を失って逮捕される事となった。
保護された生存個体は専用の保護施設で治療を受け、数年後には無事山に帰されたが失われた命の数はあまりに多かった。
死骸はまとめて埋葬され、羽毛と骨を納めた小さな慰霊碑が町外れに建てられた。
地域社会には深い衝撃が残り、祟りを恐れていた老人たちは【怨霊以上に恐ろしいのは人間の業】と哀しみに暮れながら語ったという。
事件は新聞各紙にも大きく報じられ、町に暗い影を落とすと同時に再開発計画は即座に中止となり、井戸は完全に埋め立てられる事となった。
井戸は跡形もなく姿を消したが近隣住民は今も夜にヨルノズクの声が響くと耳を澄ましながらあの夏に聞いた呻きの記憶に引き戻されるのである。

――文・【タカハシ・ケイスケ】(ジョウト社会事件取材班)
【管理人の感想】
古井戸にまつわる昔話とそれを悪用した人間の欲望が重なったこの事件には強い残酷さが刻まれている。
井戸から響いていた呻き声が怨霊の仕業ではなく生きながら閉じ込められたヨルノズク達の断末魔だったと住民が知った時の衝撃は想像を絶するものだったはずだ。
特に子供達が偶然その光景を目の当たりにしたという事実には胸を締めつけられるものがある。
恐怖を押し殺し妹を守ろうとした兄の行動も含め、幼い心に刻まれた体験の深さは計り知れないだろう。
人間の利益のために動物やポケモンが犠牲にされる例はこれまでも報じられてきたが古くからの伝承を利用し、恐怖そのものを道具に変えた手口はあまりに冷酷であり、残虐である。
怨霊を恐れる声が実際には人為的に作られた仕掛けであり、しかもその裏に無数の命の犠牲があったという現実は単なる犯罪を超えて地域全体を深く傷つけるものになったのではないだろうか。
救出されたヨルノズクが治療を受けて再び山に帰されたことが唯一の救いだが失われた命の重さと、積み上げられた死骸が示した悲惨な光景は町の記憶に消えることなく残り続けるだろう。
祟りを信じて恐れていた住民達が最後に恐れたのは《人間の業》と語った言葉がまさにそのまま事件の核心を突いていると感じる。
伝承と現実が交差し、恐怖と悲哀を形づくった事件は土地に残る記憶として今も人々を静かに縛りつけているように思われる。
構事件録
1 この記事が気に入ったら「いいね!」してね

コメントを残す