【解決済】雨に沈む父子

発生日時:1990年8月5日
発生場所:イッシュ地方・セントラルシティ郊外
関与ポケモン:ヌオー(1体・トレーナー所有)
関与人物:アンドリュー・ストーン(鉄工所労働者/無理心中)


【解決済】雨に沈む父子

1990年8月5日、イッシュ地方セントラルシティ郊外で続いた豪雨のさなか、付近の農場主から【家が消えている】との通報が寄せられた。
警察と災害対策局の調査班が現場に駆けつけた時には小さな畑のある一軒家が【泥水を湛える池】へと変貌しているのを目撃した。

その後数時間に及ぶ排水作業を行った結果、池の底から屋根の一部が露出し、その下に沈んだ家屋の構造材、そして崩れた寝具とともに中から《親子2人の遺体》が発見された。
遺体は【アンドリュー・ストーン(42歳)】とその息子【タイラー・ストーン(8歳)】
どちらも死後数日が経過していたが目立った外傷はなく死因は《溺死》とされた。

当初は地盤の緩みによる住宅の崩落と考えられていたが、家屋の基礎を調査していた捜査員の一人がとある異常に気づいた。
地中の支柱を支える土壌部分に《ヌオーが分泌する粘液》が広範囲にわたって確認されたのである。
それは自然現象により流出した量とは到底思えない濃度であり、さらに土壌の組成が局所的に《液状化》していたことから《意図的な地盤の崩壊》が強く疑われることとなった。

その後、倒壊した家屋の居住区からアンドリューが遺した《手書きの遺書》が発見され事故の真相を知ることとなる。
遺書には以下のように綴られていた。

『親愛なる我が家族へ。

エミリーが死んだあの日、僕は心をどこかに置き忘れてしまったようだった。
毎年みんなで田植えをして、夏の終わりに見上げる稲の海がみんな本当に好きだったのに。
今年はあの景色さえも苦しみを伴うものに変わってしまった。

今も変わらず君たちを愛している。
君たちがいない未来を想像することなんてできない。
僕がいなくなったあと、君がどれほど孤独になるかを思うといてもたってもいられなかったんだ。

ヌオーはのことも勿論愛してる。
キミだって僕の大切な家族なんだから。
言葉は通じなくても僕の苦しみをずっと感じて寄り添ってくれてありがとう。
最期のお願いにも涙を流しながらも頷いてくれてありがとう。
おかげで今、ゆっくりと家が沈んでいっている。
タイラーには苦しませないようにもう深い眠りにつけてある。

エミリーのいない世界で僕たちが生きるにはあまりにも辛すぎる。
許してくれないかもしれない、それでももう何も求めず眠りたいんだ。
君たちと共に静かな泥の中で。

弱い僕で本当にごめん。
そろそろもう文字も書けなくなる。
さようなら。
ありがとう。』

 

近隣の住民によればアンドリューは妻を病で亡くして以降、明らかに様子が変わったという。
職場を辞めて引きこもるようになり、息子を学校へ通わせることもやめ、家の外に出る姿をほとんど見なくなり大切にしていた畑も荒れ果てていった。
また、しばしば自宅周辺のぬかるんだ地面でヌオーと並んで黙って座り続ける彼の姿が目撃されていた。

なお、その後の捜査でヌオーを自宅敷地内の小屋で無傷の状態で発見した。
その場での抵抗や混乱も見られず、保護された後も終始落ち着いていたという。
調査の結果ヌオーは《意図的に地盤を崩した》と断定されたが、ヌオー自身に責任は問われなかった。
現在はイッシュ地方の保護家庭に引き取られ専門家のもとで慎重なケアを受けている。

当時の捜査に携わった者が以下のように語っている。

『家がゆっくりと沈んでいった痕跡がありました。
つまりヌオーは完全に沈むあの瞬間までずっと主人の命令を守っていたんです。
それがどのような結果を及ぼすかもわかっていたのではないでしょうか。
わかっていながら、愛するものに手をかける事を考えると…胸が苦しくなります。』

事件は《父親による計画的な無理心中》として処理され幕を閉じた。
このような悲劇がもう起きない事を切に願いながら。

――文・【ジョセフ・グリーン】(イッシュ事件調査室)


【管理人の感想】

妻を失った苦しみに抗いつつ、アンドリューは最期まで誰かを傷つけたいとは思っていなかったように感じる。
ただ、誰の責任にも出来なかった故に自らを責め続け、心が壊れてしまったように思える。
そして悲しい事にそれに寄り添い、応えてくれるものが彼のそばにはいたのだろう。

遺書の一文一文が、彼の苦しみと愛情と絶望の混ざり合った矛盾で満ちていた。
タイラー《深い眠り》に導いたという言葉の裏には自ら手を掛ける罪悪感と安堵のどちらも入り混じった姿が滲んで見える。

ヌオーもまた被害者だったのではないかと思う。
命令に従うことしかできなかったその優しさが、この結末を生んでしまったことがあまりに痛ましい。
今もヌオーは泥を触れるたびにあの日の記憶を思い出しているかもしれない。

家族を失うということはたしかに心を引き裂くほどの悲しみを伴う。
この事件は愛と孤独が隣り合う場所にいかに危うい絶望が潜んでいるかを教えてくれたように思う。

土に沈んだあの家はもうないけれど、アンドリューヌオーが交わした静かな約束だけが今も静かに沈んで残っているのかもしれない。

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