発生日時:2021年2月
発生場所:ガラル地方・ブリストンタウン
関与ポケモン:エンニュート(1体・野生)
【解決済】鐘楼を喰む影
2021年2月、雪深い《ブリストンタウン》の夜を震わせるように教会の鐘楼から突如として男の悲鳴が響き渡り、その直後に塔の隙間から黒い煙が立ち上るのを見た住民たちは驚きと恐怖に包まれた。
叫んでいたのは鐘の点検を任されていた工匠であり、駆けつけた村人の手でかろうじて救出されたものの体中に火傷を負い意識も朦朧としていたため、その光景を目にした者は一様に言葉を失ったという。
命こそ取り留めたが火に包まれた鐘楼の異様さと突然の惨事の衝撃は村全体を混乱させ、何が起きたのかを理解するのに時間を要した。
この鐘楼は古くから村人の生活と信仰を支えてきた場所で崩れかけた木材を補修しながら代々守られてきた象徴であったため、夜半に炎に包まれる姿は信仰心の強い住民にとって特に耐え難いものだった。
神父は慌てて人々を避難させながらも集まった村人達は水を汲んで消防隊が駆けつけるまで必死に火を抑え込んだ結果、日の出とともに火勢は収まっていった。
現場に足を踏み入れた警察と消防団が目撃したのは灼け爛れて歪んだ鐘に鋭い爪跡が複数刻まれており、単なる火災では説明のつかず、内部で《ナニカ》が暴れたのは明らかであった。
その後、詳しく検証した調査員たちが特に注目したのは鐘楼上部に残されていた黒い焦げ跡から鼻を突くような匂いがしたことだった。
鉄と硫黄を混ぜたようなその臭気からは《エンニュート》が放つフェロモンと酷似した匂いも混じっており、さらに鐘楼から程なく離れ溶けていなかった周辺の雪にはエンニュートの足跡と細長い尾を引きずったような跡が続いていたことから、野生のエンニュートが近隣の丘陵を超えて塔に侵入したと考えられた。
事件の数日前から夜になると鐘楼の周囲に金属が焦げるような臭いが漂っていたという住民の証言や、月明かりの下で屋根の隙間に黒い影が滑り込むのを見たという報告があり、すでに数日間は内部にエンニュートが潜んでいた可能性が高いとされた。
そして工匠が点検に入った夜、潜伏していたエンニュートが人の侵入に驚き威嚇の炎を吐き出した結果、火災へとつながったと推定されたのである。
北方の寒冷地帯においてエンニュートが目撃されることは稀であり、ブリストタウンではかつて一度も目撃情報がなかったことから生態の常識をも揺るがす事件として扱われることになった。
事件の翌日夕方頃、再びエンニュートらしき黒い影が焼け焦げた鐘楼へ向かうのを住民が目撃し、ポケモンレンジャー隊による捕獲作戦が開始され、その間鐘楼一帯は立ち入りが制限された。
内部は煤に覆われ視界も悪く倒壊の危険もあったが、熟練のレンジャー隊による慎重な探索により潜伏場所を絞り込み、その日の夜には鐘の梁で体を休めるエンニュートが発見された。
昨晩は寒い外で過ごしていたからかエンニュートの活動は鈍っており、捕獲時には鋭い爪を振るい炎を吐こうとしたが力を振り絞るほどの体力は残っておらず、レンジャー隊はポケモンを使用せず耐熱網を使った捕獲が実施され、特に被害が発生することなく無事に確保された。
捕獲されたエンニュートは通常よりは痩せていたものの健康体であり、鐘の表面を灼き削りながら摂食していた痕跡が見られた。
通常は虫ポケモンや果実を主な餌とするためこの個体がなぜ金属を狙ったのかについては研究者の間では【寒冷な環境に適応した結果】なのか、あるいは【病的な変化】なのか、【元々トレーナー所有だった個体で幼少期に偏食化された】ものなのかなど議論が続いているが今も結論が出ていない。
重傷を負った工匠は長期の入院と治療を経て命を取り留めたがその後は村に戻らず遠方で療養生活を送っているという。
鐘楼そのものは火災で大きく損傷し再建には時間がかかっているが住民たちは象徴を失うことを拒み補修作業を進めている。
捕獲されたエンニュートはガラル地方の研究機関に移送され、行動や食性の異常について解析が進められている。
今回の事例が単なる個体の逸脱にとどまるのか、あるいは環境の変化が生態全体に影響を及ぼす前兆なのかは未だ不明である。

――文・【トマス・エインズワース】(ガラル異常事件調査班)
【管理人の感想】
エンニュートにより雪深い村の人々にとって祈りと生活の中心だった鐘楼が炎と悲鳴で染まったのは村全体の信仰や心の拠り所を根本から揺さぶったのではないだろうか。
北方の寒冷地帯において本来目撃されないエンニュートが鐘楼に潜んでいるだなんてだれが予想できただろうか。
運悪く工匠が偶然エンニュートを刺激したが、大勢の人が中にいる時ではなかったのが不幸中の幸いだったのかもしれない。
捕獲後の調査で通常の食性から外れ金属を灼き削っていた痕跡が見つかったことが何より異様だったと感じる。
寒冷地に適応しての行動だったのかあるいは人間の飼育下で歪められた習性だったのか、いずれの可能性を考えてもあまりに特異な変化であると言える。
もし環境の変化が原因ならこの地域で他のポケモンにも同様の異変が広がる危険性があると思われる。
工匠が命を落とさず済んだことは救いだったが象徴を焼かれた村の人々が感じた喪失は計り知れない。
炎に包まれた鐘楼を前に必死で水を運んだ住民の姿を想像すると信仰心と共同体意識の強さと同時に恐怖と混乱の夜をどうにか乗り越えた人々の強靭さを感じた。
再建が進められていると聞けば希望はあるが、その鐘が再び村に安らぎをもたらす日までは住民にとってこの出来事は生々しく心に残り続けるのではないだろうか。
構事件録
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