【未解決】銀に溶けた村

発生日時:1990年11月2日
発生場所:イッシュ地方・カナデ村
関与ポケモン:メルタン(単体・不確定)


【未解決】銀に溶けた村

1990年11月2日、イッシュ地方西部の山間に位置する《カナデ村》にて異常かつ前例のない集落崩壊事件が発生した。
当時、この静かな谷あいの村にはおよそ430名の住民が暮らしており、小学校や郵便局、共同集会所や雑貨店が並ぶ典型的な山間集落であった。

しかし事件当日の朝、定期配送の業者が村に到着した時点で既に村は存在していなかったという。
谷底に広がっていたはずの家々は影も形もなく、代わりに黒と銀に変色した地面と、ひしゃげた鉄材、焦げた柱の根元、そして点在する《銀色の粘性物質》だけが不自然な静けさの中に取り残されていた。
足を踏み入れると地面はわずかに沈み、土ではなく《溶けたガラスか鉄》を踏んでいるような手応えがあったという。

災害対策局が即座に現地に入り、地盤沈下、火砕流、ガス爆発などの可能性を検討したが《自然災害による痕跡》は見当たらず、代わりに山も道路も全て《分子構造が溶解し結合したような異常な破損》が確認され、地中の配管やケーブルも溶け落ちていた。
さらにあらゆる建物の木材は灰となり、鉄骨はぐにゃりとねじれ、ガラスは液状化したのち再凝固したように歪んでいた。

 

異常はそれだけに留まらなず、各所に《銀色の金属様粘液》散らばっていたのである。
調査団が採取したサンプルのいくつかは時間経過とともに色を変え、流動的に形状を変化させ、空気に霧散するように消滅するという《生物的反応》を示した。

この粘液の正体は判明していないが事件の数週間前にフキヨセ市の林道で【銀色に光る金属の滴のようなものが動いていた】という目撃証言がフキヨセポケモン環境保護協会へ寄せられていた事が後に判明し、目撃されたモノが今回の事件に関与していたのではないかと言われている。

証言者はカナデ村から山を超えたフキヨセ市在住の少年達で

『小さく音も立てずに地面を這っていた』

『目のようなものがついていた』

『一匹だけで側には何もいなかった』

『こちらには反応せずまっすぐどこかへ向かっていた』

等が記録されている。
後年になってこの証言は《メルタン》の群れだったのではないかと研究者達は語っている。

 

この当時メルタンはまだ一般的には知られていなかった存在であり、イッシュ地方での目撃例もなく、研究資料も限られていた。
現在の研究においてメルタンは体内で電磁エネルギーを発生させ、高熱で金属を融解・吸収する能力を持つことが判明している。
だが、この小さな単体個体がわずか一晩で村一つを壊滅させるほどの出力を持っていたとは考えにくく、複数体の協調行動、または未知の進化状態、あるいは別種のポケモンとの複合的要因が疑われたがいずれも確証を得るに至っていない。

なお、村にいたとされる430名のうち身元の判明した遺体はわずか14名にとどまる。
他の住民は今なお《行方不明》として扱われており、事件を記録した文書の中には【村がまるごと《ナニカ》に溶かされ、飲み込まれたようだ】といった表現が残されている。

その後、カナデ村跡地には慰霊碑も建てられず、フキヨセ市から続く林道は封鎖され、村の名は公共記録や地図からも次第に姿を消していった。
災害後に行われた複数の再調査ではいずれも詳細が公表されないまま関連機関により非公開とされている。

あの銀の滴はなぜ現れたのか。
本当に村を崩壊させたのはメルタンだったのか。
もしそうであればその後どこに消えたのか。
今となっては銀の光をかすかに帯びた焼け跡が名もなき証人として静かに残されたのみとなっている。

――文・【フクダ・レンジ】(イッシュ災害記録調査会)


【管理人の考察】

メルタンか、それとも別の《ナニカ》か

体長わずか20cm足らずのメルタンが周りに気づかれることもなく集落ごと《処理》できるだろうか。
高熱や金属吸収能力は確認されているが、金属ばかりではない村をまるごと破壊するだけの出力を1体が持つとは考えにくい。
仮に複数体だったとすればなぜ集団行動をとったのか。
それともこれは既知のメルタンとは異なる形態だったのか。
もしくは事件を引き起こしたのが《メルタンに似た別の存在》である可能性のほうが高いのではないだろうか。
映像として記録されていない以上、本当にメルタンだったのか確認する術はない。

消えた人々の行方

430名のうち身元が確認されたのはわずか14名。
それ以外の住民は遺体もなく、衣服や遺品のようなものすら見つかっていない。
これではまるで《溶かされた》というより《吸い込まれた》と表現したほうがいい。
あまりの痕跡のなさは、未知の《ナニカ》恐ろしい力が働いたとしか思えない。

《銀の滴》の関与

事件の数週間前に報告された《銀の滴》の目撃証言は軽視すべきではない。
子どもの言葉とはいえその詳細さと当時の文献との整合性には注目すべき点が多い。
仮にその個体が事件に関与していたのだとすれば、なぜ現れ、なぜ去り、そして何だったのか。
もし関与していなかったのだとすればそれこそ、別のまだ発覚していない事件などもあるのではないだろうか。

意図的な封鎖と記録の消失

事件後、カナデ村は慰霊碑すら建てられていない。
林道は封鎖され、地図からもその名前は削除されつつある。
再調査の結果は非公開とされ、報告されたはずの物的証拠(粘液や溶解痕)もごく一部を除き回収不能となっている。
これは単なる《被害の大きさ》が原因とは思えない。
ナニカが《意図的に隠蔽している》可能性が高いのではないだろうか。
事件そのものか、それとも関与していた存在に関してナニカ知られてはいけない事が判明してしまったのか。

誰がなんの目的でこの村を消したのか、なぜこの村だったのか。
その問いへの答えは未来永劫訪れないのかもしれない。

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