【未解決】閃光のウスベク山

発生日時:1879年5月9日
発生場所:ホウエン地方・カイナ市郊外
関与ポケモン:バンギラス(超大型個体・未確認)


【未解決】閃光のウスベク山

1879年5月9日、ホウエン地方カイナ市の郊外にそびえていた《ウスベク山》が一瞬の閃光とともにその姿を完全に消失させた。
当時の文献にて様々な形で表現されているが、いずれも恐怖に満ちた表現がされている未曾有の大災害であった。

ウスベク山は地元の信仰対象でもあり、穏やかな緑と岩肌を併せ持つ標高約700メートルの山として知られていた。
しかしその姿は1879年5月9日正午過ぎ、調査に訪れていた地元青年団9名とともに忽然と消え去った。

 

事件のはじまりはその数日前、沖合で漁をしていた複数の漁師が《水平線上を移動する巨大な黒い影》を目撃した事からはじまった。

『最初はホエルオーかと思ったが、比べ物にならないくらい大きかった。
まるで島が動いているようだった。』

との証言が残されている。
この地域でホエルオーが沖合で目撃されることは極稀にあるが、今回の影はそれを遥かに凌駕する大きさだったという。

その数日後である事件前日には村の見回り組の一人がウスベク山の斜面に『今まで存在しなかった《新しい山》のような塊が現れていた』と語っており、翌朝には村の青年団がその調査に赴くこととなった。

 

そして事件当日、ウスベク山の調査に9名の青年団が入ったが、そのわずか数時間後の正午過ぎに山全体が信じがたい規模の《強烈な閃光》に包まれた。
光はカイナ市のみならず《北のキンセツシティ》及び《西のコトブキシティ》でも目撃されており、いずれの観測でも《まるで太陽が落ちたかのような眩さだった》と報告されている。

 

直後、轟音とともに大地が震え、激しい地響きが周囲を襲った。
山の消失と同時に発生した衝撃波と熱波により周辺の村々では家屋が倒壊し、森林が焼失。
さらに沿岸部では津波が発生し海岸線を襲った。

被害は甚大で、直接の熱波や倒壊によって《約8,000名が死亡》
さらに《約35,000名》が火傷や視力障害、骨折などの重軽傷を負い、付近にいたポケモンや動物の大半が姿を消した。
農地や森林、家屋などのインフラも壊滅的な被害を受け、爆心地を中心とした数キロ四方の土地が焦土と化した。

なお、爆心地は直径約600メートルにわたって土地が抉り取られ、表土や岩層がガラス状に変質しあらゆる生物が消失ていた。
その周囲には幅30メートルに達する奇妙に歪んだ凹みがあり、それは《ナニカの足跡のようだった》と記録されている。

 

当時の科学ではこの現象を説明する術がなかった。
火山活動、雷撃、地下の鉱物爆発など、さまざまな仮説が挙がったが、いずれも証拠不十分で立証に至らなかった。

ただ一つ、遠くからその光景を目にした人々の多くが以下のように語っている。

『発光直前に巨大な山が立ち上がった』

『上空から光の柱が地面を貫くように落ちたら巨大な爆発が発生した』

『爆発後、光や土煙の中ボンヤリと巨大な山のようなナニカが立ち去っていくのを見た』

『黒く不明瞭ではあったが、全身が淡く光っている山のようなポケモンがいた』

上記の証言などから一部では《超大型個体のバンギラス》がその正体ではないかとの見解もあるが、当時の観測技術ではその存在を確定するには至らず、記録も口述証言のみにとどまっているため確証は得られていない。

 

事件以後、ウスベク山のあった地は住民の手で埋め戻されることもなく、ただ静かに風を受ける《無名の丘陵》となった。
現在その一帯に人は住んでおらず、かつての山の名も地図から消されている。

空を裂き、大地を溶かし、文明を一瞬で奪ったあの閃光が本当にバンギラスの放った《破壊光線》であったのかどうかは今となっては誰にもわからない。
だが、あの丘の下には今でも焼けた土と、立ち上がった《山の影》だけが確かに残っている。

――文・【ハマダ・シノブ】(ホウエン異常記録協会)


【管理人の考察】

立ち上がった《山》の正体とは

複数の目撃証言に共通するのは《巨大な山のようなものがいた》ということだろう。
これは比喩ではなく、光の直前に実際に動きを伴った形状変化を目撃していた可能性がある。
記事にある《全身が淡く光っていた》という証言も地形や気象現象では説明がつかず、生物であったことはほぼ間違いない。
仮にあの影が《超巨大なバンギラス》だったとすれば、その巨体が放った光線によりあの一帯が瞬時に焦土と化したという説も成立し得る。

もちろん、あくまで目撃者の主観的な体験に基づく証言である以上、錯覚や視覚的誤認の可能性もある。
だがそれを《集団幻覚》として一蹴するには広範囲にわたって証言の数と一致性が多すぎる。

過去類を見ない規模の破壊が意味するもの

光はあくまでもキッカケ、初動でしかなく、爆発的な熱波、広範囲の地響き、そして津波までもが発生したからこその被害である。
これは単なるビーム状の光線攻撃というより、広範囲なエネルギー放出または複数の攻撃が融合したものだったと考えられる。

自然災害であれば、熱源、圧力、地形変化などに一定の前兆がある。
だが今回の件は突発的な発生であり、予測及び回避不可であったと言える。

人知を超えた規模であまりに局所的かつ瞬間的な破壊。
つまりそれは《明確な意志》を持って放たれた力だったのではなだろうか。

《被害の規模》と《情報の少なさ》

記事によれば約5万名近くが被害を被ったという圧倒的な記録が残されている。
これは当時のカイナ市の人口がおよそ5万~6万弱だった事を考えると、都市一つが消滅したに等しい規模だ。

にもかかわらず、現在に至るまでこの事件が地方外では大きく語られていない。
これは《情報が残されなかった》のではなく《意図的に語られなかった》という可能性はないだろうか。
あの時代の行政・記録機関にとって《説明のつかない事象》は扱いづらかったとも考えられる。
つまり、調査未了のまま風化させられたという側面があるのではないだろうか。

再調査の必要性と未知への究明

現在、バンギラスが破壊光線を放つことは確認されているが、今回のソレとは破壊力などの規模感がかけ離れている。
今回の事例が本当にバンギラスによる影響だとすれば、サイズや攻撃力が《桁外れの未確認個体群》の存在を考慮する必要がある。

この事件を《過去に起きた未知の災害》として終わらせるのではなく《ポケモンによる災害》として再定義するべきではないだろうか。
そして未確認個体の存在と、その影響範囲を再調査し、科学的に検証すること。
それこそが本当に必要な再発防止策ではないかと私は思う。

証拠は薄れ、土地は焼け、名は消えた。
だが、焦土に残る足跡と語り継がれる《山の影》だけが今も確かにそこにある。

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