【解決済】導きの潮路

発生日時:1998年6月
発生場所:シンオウ地方・オショロ崎
関与ポケモン:コアルヒー(3体・トレーナー所有)


【解決済】導きの潮路

1998年6月、シンオウ地方北部の漁港オショロ崎沖にて数人の漁業従事者を乗せた小型漁船が突如行方不明となった。
その日の海域は朝から風が強く、沿岸には波の音に混じってうねりの反響が響いていたが午前中の段階では漁船の出航が許可される程度の海況であったとされる。
しかし昼過ぎになって状況は急変し、強い風と急な低気圧の接近によって波高が急上昇。
通信機が不調になったことで漁船の正確な位置も分からなくなり、漁港の事務所は連絡が途絶えた漁船の探索要請を管轄機関に提出した。
海上保安庁に該当する地方海難救助センターが探索を開始したものの、発信器の位置情報も断続的で有力な手がかりが得られないまま初動は困難を極めた。

そうした中、漁港の事務所とは別で救難信号の断片を受信していたのは沖合の別のポイントにいた1人のトレーナーであった。
彼は自作の簡易船を《コアルヒー》3体に引かせながら船に装着した録音装置と音響センサーを用いた魚群の観察のため航行していた。
その時彼が航行していたのは漁業関係者以外の立ち入りが制限される高級水産資源の保護海域に近い海域であったため、件の救難信号を受信できたという。

彼は迷うことなく救難信号が発せられたポイントへ向かうと弱々しく浮いていた救難用ブイを視認し、独断でそのまま進み始めたという。
その地点からさらに約2km沖に複数の木箱にしがみつくようにして浮かぶ人影が確認され、一時的に彼の船に全員を乗せた上ですぐさま無線を用いて遭難者の位置座標を送信。
現場には約20分後に救助艇が到着し、全員の救助が完了したのは午後5時を過ぎてからだった。
救助された漁業者たちは低体温と脱水の症状を訴えていたがいずれも命に別状はなかった。

 

しかしその後、トレーナーの航行に関する法的適性が取り沙汰されることとなる。
彼が用いていた自作の船は小型だが屋根と舵を備えた簡素な構造であり、一見すると登録の必要な船舶にも見えたが船の登録もなければ船舶免許も所持していなかったためである。
さらに彼が航行していた場所は地元の条例によって関係者以外の立ち入りが禁じられている資源保護区域の境界内でもあったため、警察と地方自治体はトレーナー本人への事情聴取を行った。

最終的に彼の船には推進用のエンジンは一切搭載されておらず、移動は全てコアルヒーの泳力によるものであると判明。
そのため船舶法上ではこれは《筏》扱いとなり、操縦に免許は不要であるとされた。
また、彼は正規に取得したジムバッジによりポケモンの《波乗りによる航行許可》を保有していたため一切問題がないとされた。
進入についても釣り用具などは一切船内に搭載されておらず、なおかつ本人が当初その海域に入るつもりではなく、ラジオを通じて遭難信号の断片を受信し緊急対応として進入した旨が確認されたため不問とされた。

これらの事実を受け関係各所はこの件を正式な救命協力と認定。
数日後、トレーナーには地方行政と海難救助センター双方から感謝状が贈られ、また彼のコアルヒー3体にも《特別行動表彰》が贈られた。
一方で自治体はこの事例を教訓に緊急対応時の私的航行に関する一部指針の明確化を図る方針を発表している。

オショロ崎の地元住民たちは以来同様の海難に備える訓練の象徴としてコアルヒーとそのトレーナーについて語り継いでいる。

――文・【フカザワ・アヤカ】(シンオウ怪奇事件調査班)


【管理人の感想】

危機的な状況の中で偶然と迅速な行動力、そして明確な意思があったからこそ成立した救助だったと思う。
自作の船でたまたま近辺におらず、ラジオも聞かず、聞いても即座に行動に移さなかったら…など、考えればいくらでも《最悪の結末》になり得たと考えられる。

その後彼が一時的に逮捕されてしまったことは残念ではありつつも、海域を守る強い意思も同時に感じられた。
《違反かもしれない》では終わらせずに背景と経緯をきちんと見た上で判断され公に認められたたという点には誠実さを覚えた。
コアルヒーたちの表彰も素晴らしく、コアルヒーの動きや判断が人と並列に評価されたという事実がポケモンとの関係に1つの形を与えているように思える。

この話に英雄はいない。
ただやるべきことをやった結果として命が無事戻ってきただけだった。
だからこそ、忘れられずに語り継がれているのだと思う。

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