発生日時:2001年8月
発生場所:ホウエン地方・カルナ山麓
関与ポケモン:リザードン(1体・トレーナー所有)
【解決済】火山に呑まれた抱擁
2001年8月、登山客で賑わうホウエン地方《カルナ山麓》で地震が発生し、その直後に噴火が起こり登山道と谷筋の遊歩道にいた人々が落石と降灰に巻き込まれ視界と動線を一気に失うという災害が発生した。
最初の揺れで尾根の切り通しが崩れ、沢沿いの小橋が片側だけ沈んだことで登山口へ向かう道が分断され、逃げ道を失った多くの者がパニックを起こしながら逃げ惑いドミノ倒しのように次々と人々が倒れ現場は阿鼻叫喚の渦に包まれた。
その時、カルナ山麓で日常的に訓練と登山客の荷上げ等を行っていた若いトレーナーと相棒の《リザードン》が崩落帯の上手に回り込み、所持していた拡声器と身振りで集団の進路を揃え、体力の落ちた者や子どもを背へ回して尾根の風上にある緩斜面へ短距離の空輸を繰り返しながら風下にある灰の吹きだまりを裂いて視界を確保する形で救助活動を行った。
それを見ていた数人のベテラントレーナーが彼らの動きに合わせ、逃げ惑う人々に濡れたタオルと水を配り、倒木の枝で簡易的な杖や手すりを作り、歩行困難者を抱き抱えながら小さな隊を一定の間隔で送り出し、数時間かけて百数十人を登山口近くまで退避させることに成功し、その頃になると救急車や地元消防、ポケモンレンジャー隊が合流して本格的な救助活動やトリアージ、搬送作業が行われた。
現場に徐々に安堵が広がりかけた直後、低く長い地鳴りが続いた直後、巨大噴火が発生し、大量のマグマと落石があたり一面を覆い尽くし、山に入ろうとしていた救助隊は即座に引き返し既に下山した人々をさらに低地へ押し出す対応へと切り替えた。
その後火山活動は数ヶ月にわたり継続し、カルナ山麓周辺の温度とガス濃度はあらゆる生物を寄せつけず、周辺の街には灰の雨が振り続け、人々が再び山に近づけるようになるまでおよそ3ヶ月半を要したという。
火山活動が停止し表層が雨風で冷え固まってから改めてカルナ山麓にレンジャー隊及び科学者が編成した《科学調査隊》と警察の混成チームが訪れ、層厚を測定しながら慎重に掘り進み、炭化し変形した金属フレームのザックとともに複数の遺体が発見され、回収された遺体の歯型で身元が判明した者のみ遺族へと送られていった。
その際、多くの者が語った《若いトレーナーとリザードン》の消息は長らく不明のままであったが、谷筋にわずかな草色が戻った数年後、地質班がとある区画を調査中に層の内側に密着した二つの遺体があることを発見し、報せを聞いた採掘班が慎重に掘り返した。
すると中からは《前屈し丸まっている人骨》と《その人骨を翼で覆い隠すように包み込みながら丸まったリザードンの骨》がお互いを強く抱き合うような状態で発見された。
多くの者を救った青年とリザードンの遺骨が発見されたニュースは直ぐ様広がり、調査報告では彼らが行った避難路の再構成と短距離空輸の反復が多くの生存者を麓へ押し出した事実を述べ、感謝の意を示した。
その後、家族への通知と埋火葬の手続きが行われ、青年とリザードンの遺骨は同じ棺に納められ、家族の希望により場所は公にされぬままとなっている。
この出来事を受け地域の火山防災計画は改訂され、通常の登山道とは異なる避難経路の設置し火山活動を最新機器で予測できるよう24時間監視するなどといった具体的な対策が実施され、登山届の電子化と小屋無線のバックアップ回線整備もその数年後に取り入れられていった。
カルナ山麓は段階的に開かれていき、今では再び日々多くの登山者で賑わう山となっている。
そして山の麓には青年とリザードンへの感謝の言葉と、悲劇を忘れないように犠牲者達の名が連なっている慰霊碑が置かれており、訪れた者達がそこに手を合わせてから入山するのが習わしとなっている。

――文・【カイハラ・ミナト】(ホウエン災害記録調査班)
【管理人の感想】
火山の噴火という自然の猛威の前では人の力がいかに無力であるかを強く感じたが、その中で青年とリザードンが最期まで諦めることなく救助に身を投じていた姿が胸に残る。
灼熱と灰に包まれながら命を削るような消耗の連続の中でも踏みとどまり諦めず救助活動に勤しんでいた彼らを最期には死を免れない絶望的なまでの自然の暴力が降り掛かってきた時、一縷の望みをかけてリザードンが彼を全力で守っていたのかと思うと胸が締め付けられるような思いになる。
あの時、あの場所で多くの命が生き延びることができたのは彼らの選択と覚悟があったからに他ならないが、リザードンが本当に守りたかった者を最期守りきれなかったのは本当にやりきれない。
その結末を思うとどれだけの人が救われてもなお、取り戻せないものがあるという現実の厳しさに胸が詰まる気がした。
抱き合うように見つかった遺骨の姿は互いが最期の瞬間まで支え合っていた証であり、それは言葉よりも雄弁に2つの存在の絆を語っているように思われる。
この出来事はただの災害の記録に留まらず命をかけて他者を助けた者の行為がいかに周囲を動かし、後の社会に防災計画や意識の改革をもたらしたかを示しているとも感じた。
慰霊碑に刻まれた名を目にするたび、あの日を生き延びた人々やその後の世代は自分たちが背負っているものの大きさを思い知らされるのだろう。
自然に抗えない恐怖と、それでも人とポケモンが共に挑んだ姿。
その相反する情景が悲しみと同時に深い敬意を呼び起こす出来事だったのではないだろうか。
構事件録
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