【未解決】スカーレット・ムーン

発生日時:1984年4月
発生場所:カロス地方・ヴェルナシティ
関与ポケモン:ルナトーン(1体・野生)


【未解決】スカーレット・ムーン

1984年4月、カロス地方《ヴェルナシティ》で皆既月食の観望に集まった市民の中心に《球体の衛星》を身の周りに巡らせた、後に《スカーレット・ムーン》と呼ばれるようになる《真紅のルナトーン》が静かに降下した。
ルナトーンは群衆の声にも反応せず目を閉じたまま石畳の上に漂うように接地した直後、広場の前列にいた数名が奇声を上げながら恍惚とした表情で崩れ落ちた。
周囲にいた者達が起こそうとするも、いずれも目を開いたまま死亡していることが判明し、場の和やかな空気が一気に恐慌に包まれた。
だがその瞬間、ルナトーンの眼が薄く開いて赤色の光彩が収束し広場全体が円環状の赤い層で包まれ、その内側にいた人々が砂が崩れるように塵となり消え去るという異常事態が発生した。

市警の無線には断片的な救助要請と歓声にも似た悲鳴が混ざって飛び込み、最寄りの署から先着した巡査とポケモンレンジャー分隊は結界の境界内の救助を行おうとしたものの装備が結界に触れた瞬間に砂が崩れるように消滅し、結界内には既に生物が何一つ確認できなかったため、隊員らはこれ以上の被害拡大を避けるため外縁の人波を後退させ、広場に面した道路を封鎖して観衆の避難を優先する方針へ切り替えた。

その後、州防衛隊に相当する軍隊が招集され非殺傷想定の電磁投射器と遮蔽車両が展開されたが、うっすらと目を開けていたルナトーンが開眼した次の瞬間、衝撃波も残骸も生じないまま射線上の車列と隊員の影が路面に焼き付いた輪郭だけを残して消え、即時撤退と二重封鎖を行い周辺住民の域外退避に任務を転じた。

避難活動が続く中、当時の広場には恒設の監視カメラは少なく、記録の中心は報道カメラマンのフィルムと旅行者の家庭用VHSのみではあるが、複数の映像で共通するのは結界の範囲が徐々に狭まっていくと同時にルナトーンの周囲を公転していた球体が軌道を縮めていき、やがて球体がルナトーンの左側にある欠刻に吸い込まれるように嵌合した瞬間、ルナトーンは再びゆっくりと目を閉じると体表が徐々に漆黒へと染まっていきながら外周に白い後光の輪を纏ってまるで《皆既日食》に似た姿態へ変質したのが記録されている。

その後ルナトーンは眩い白い光を放ちながらも中心はそこの見えない漆黒の穴のようになっており、そのままゆっくりと地面へ沈むように落ちていくと巨大な地震を発生させながら地面がルナトーンに向かって渦巻きながら消滅していった。
翌朝にはルナトーンがいた場所を中心に半径500メートルまでの舗石、街路樹、地下配管、建築物やその基礎に至るまでが完全に消滅しており、地質学的崩落とは明らかに異なる滑らかな内面を持つ巨大な穴が残った。

最終的に救出できたのは広場外縁で立ちすくんだ観衆と周辺路地で錯乱した少数に限られ、結界内及び消滅した半径500メートルの逃げ遅れた住人の生還者は一人として確認されなかった。
なお、様々な人の供述を整理していく中で多くの者がルナトーンが舞い降りる直前に鼻腔へ金属の香りに似た冷たい匂いが差し込み、舌の上で硬質の味がしたと述べており、後にこれらは電離の前兆か神経信号の攪乱に由来する感覚とも解釈された。

その後の調査で巨大な穴の内壁は黒曜石の磨面のように滑らかであり、防護服越しでも触れると《熱が奪われる》ように冷たさを感じ、尚且つ汗が急速にその一点に集まり吸い取られるような違和感を覚えそれ以上触れる事は行わないようになった。
また、方位磁針はグルグルと回転したかと思うと唐突に中心に向けて針の動きが止まり、その後再び回転を続け以降は穴から離れても壊れるまで回転し続けたという。
その他サイコエネルギー検知器などの機器類もマトモに計測は出来なかったため、以降は該当エリアを立入禁止とし、長年かけて外縁をドーム状のコンクリートと鋼で覆ってさらにその周囲に二重の柵を設ける事となった。

後の研究において月光に依存して活動強度を調整する既知の生態ではあるが件の《真紅のルナトーン》は皆既月食の光学的条件下で精神波と重力相当の場変動を同時展開し人間の中枢に安堵と陶酔を誘導して抵抗を失わせた上で、結界内の物質結合を段階的に解きほぐすか、または別位相へ転位させることで痕跡の薄い消失をもたらしたと推定されているが、いずれの仮説も決定的な機序を示す試料を欠いている。
また、軍事介入の瞬間に観測された《白い後光と漆黒の姿》は周囲を巡った球体の嵌合による位相安定化に伴う余剰エネルギーの放散と読む以外に検証手段がなく、複数の理論は現場での再現可能性を持たないまま棚上げにされた。

事件後、ヴェルナシティ周辺で同様のルナトーンは一度も確認されていないが今でもあの《真紅のルナトーン》が不可視の状態で穴の中央に漂っているのではないかという噂が絶えない。

――文・【クレール・モロー】(カロス異常事件調査班)


【管理人の考察】

月食に呼応した顕現

ルナトーンが姿を現した契機として最も注目すべきはやはり皆既月食である。
通常の個体が月光に依存するのは広く知られているが真紅の個体《スカーレット・ムーン》《光の消失》という極端な条件に反応したとみる方が自然だろう。
影に覆われた天体配置が一種の《開口部》として作用し、地下や異位相に潜んでいた存在をこの地表に呼び込んだのではないだろうか。
もしそうであれば、この出現は偶然の事故ではなく天体の周期と連動する不可避の現象だった可能性がある。

人々を消した目的

群衆が一斉に塵と化した状況を単純な攻撃と片付けることはできないと感じる。
精神的に安堵や陶酔を与えた直後に分解が進んでいる点から、抵抗を失わせた上で特定のエネルギーを収集していたのではないだろうか。
物質そのものを吸収していたのか、あるいは精神波や生体電流といった目に見えない成分を抽出していたのかは分からないが、結界の収縮に伴い衛星状の球体がルナトーンの欠刻に吸い込まれたことを考えれば、人々の消滅はその過程を完結させるための一種の儀式だったとも考えられないだろうか。

消滅という現象の性質

衝撃波も何もなく物体が跡形もなく崩れ消滅したというのは極めて異常だといえる。
結合を解き放つように分解したとする説は一定の説得力を持つが、軍隊の車両や兵士まで同じ現象に巻き込まれた事実を踏まえるとこれらは単なる分解ではなく《転位》の可能性も浮上するのではないだろうか。
つまり消えた人々や構造物は完全に消滅したのではなく我々の認知できない層へ移されたのではないか。
仮にその説が真実なら彼らは《死んだ》のではなく《行方不明となった》と表現すべきかもしれない。

残された穴の正体

ルナトーンが消えると同時に発生した直径500メートルの穴は自然崩落では説明できない滑らかな内壁を有していた。
また、触れれば防護服越しでも熱が奪われ、磁針は壊れるまで狂い続けたという。
以上のことからこれは単なる空間ではなく今なお《何らかのエネルギー》が作用し続けている証拠と見られる。
つまり現場は未だ未完成の《回路》のようなものなのかもしれない。
そのため立入禁止措置は単なる安全対策ではなく、再起動を防ぐ封印の意味合いを帯びていると考えられる。

《スカーレット・ムーン》の行方

映像記録ではルナトーンが漆黒に染まり、白い後光を放ちながら穴へ沈んでいったがこれは消滅ではなく、穴そのものと同化した姿と解釈することもできないだろうか。
もし本当に融合したのであれば現在も中央で不可視のまま漂い続けている可能性は否定できない。
次の月食や何らかの状況が重なった際に再び目を開き降臨するのか、それとも完全に沈黙したのかは誰にも分からない。
だが、この空白の中心に今も《ナニカ》が息づいているという仮説は現場を知る者にとって容易に拭い去れない恐怖として残っている。

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