発生日時:2007年9月10日
発生場所:シンオウ地方・テンガン山中腹
関与ポケモン:チリーン(または不明)
【未解決】鈴の音がなる霧
一部霧に包まれる巨大な山脈である【テンガン山】。
そこで未だ解明されていない《集団失踪事件》が起きたのは、2007年初秋のことだった。
その日、山麓にあるクロガネ第三小学校の課外授業として児童たちが山中の自然観察に参加していた。
参加していたのは引率の教師2名と児童32名であり、当日は天候も穏やかで綺麗に整備された登山道を使用していた。
異変が起きたのは午前11時18分。
展望台を目指す途中で立ち寄った《霧見原》と呼ばれる広場にて8人が忽然と姿を消した。
教師の一人は最後の会話をこう記憶している。
『ねぇ先生みて!おっきな雲がある!』
そう言って笑った女子児童とその友人達へ『あまり離れすぎないように』と声をかけた後、一瞬目を離し、振り返った時にはもうその姿はなかったという。
標高がそれほど高くない霧見原では時折まるで《雲が流れ込んだかのような》白い霧が足元に立ち込める時がある。
未だに解明されていない現象だが、神秘的で美しいその光景は地元民のみならず、当時は観光客にも愛され、沢山の人が訪れていた人気スポットだった。
この現象は足元に雲のような霧が流れて《まるで雲の上を歩いているように見える》以外特に何もおこらない、危険など皆無であった。
当時を振り返り教師の一人はこう続けて語った。
『側にいた別の生徒にも声をかけられて一瞬目を離したんですが…
その時ふと、違和感を覚えたのですぐ振り返ったんです。
彼女は確かに【大きな雲】と言っていたな…と。
霧見原の標高を考えると大きな雲と出くわす事なんてないんです。
私が見ていた時にはそんな大きな雲は見えなかったし…
一体何が見えていたのか…今でもわかりません。』
残されたリュックや水筒、帽子などは不自然なまでに整然と並んでおり、転倒や争った形跡は一切なかった。
また、足跡は《途中までしか残されていなかった》ため、登山道からの転落も考えられたものの、周囲に落差のある場所はない極めて平坦な場所であるため転落はないものとされた。
なお、霧見原では高い木なども存在していないため空に浮かび上がった場合見えないはずもなく、まるで霧のように存在が完全にその場で消失してしまっていた。
さらに不可解だったのは、児童の一人ががスマホで動画撮影していた音声の中に失踪する直前、《遠くで響く鈴音》が記録されていたことである。
その音はいわゆる熊鈴や登山用ベルの音色とは異なり、空間を横切るように揺れながら移動する、鳴き声のような音であった。
この音声を専門機関が分析した結果、【チリーン】の鳴き声と極めて似ていることが判明した。
ただし、テンガン山での【チリーン】確認例はごく稀であり、霧見原周辺では事件当日【チリーン】の生息記録も目撃情報も存在していない。
また、非常に似ているものの、まるで別のナニカが《似せて作ったような音》でもあるため、音の出処については未だ不明である。
この事件を受けテンガン山中腹の霧見原は今もなお、立入禁止となっている。
以降、霧見原付近の登山道では謎の霧が発生するようになり、失踪まではいかないものの短期的な遭難事件が複数発生。
霧に包まれた者たちは口を揃えて以下のような証言をした。
『霧の中で誰かに手を引かれた気がした』
『霧の中に雲の塊があった』
『楽しそうな子どもの声が聞こえた』
『霧の奥に小さな人影が沢山見えた』
『「大丈夫だよ」「来ちゃダメ」と囁かれた』
上記内容から単なる自然現象では説明のつかない《ナニカ》が関与している可能性が極めて高いと指摘されている。
また、事件から7年後の2014年、別件の遭難救助中にテンガン山中腹の岩場で見つかった風化した古い登山靴が発見された。
文字はほぼ掠れていたものの、そこには当時失踪した児童の名前が書かれていた。
その後大規模な捜索隊が出動したが遺体や追加の痕跡は見つからなかった。
現在に至るまで8人の児童の行方は分かっておらず、事件は未解決のままである。
山では今も霧の濃い日には《鈴の音が聞こえる》《子どもの声がする》という噂が後を絶たない。

――文・【オオハシ・カズサ】(シンオウ地方特派ジャーナリスト)
【管理人の考察】
【《大きな雲》は何だったのか?】
標高や気象条件から考えて、児童が見たという《大きな雲》が自然現象であった可能性は極めて低い。
少し離れた所にいた教師は目視できていなかったため、何らかの幻覚であった可能性もある。
【チリーン】を模した鈴音も含め、特定の音や気配によって意識を引き寄せる存在が、霧の中に潜んでいたとは考えられないだろうか。
【チリーンの鳴き声に似た音の意味】
音声解析によりチリーンに《似た音》だったとされた点も注目すべきである。
本物のチリーンではなく、誰か、または何かが《チリーンの音を装っていた》可能性が示唆される。
つまり、それは子どもたちを《霧の奥》へと誘導する意図的な《ナニカの音》だったのではなかろうか。
【霧の中で《存在ごと消えた》という異常】
足跡が途中で途絶え、上空や周囲に隠れる場所もない状況で消失するというのは、物理的な説明が極めて難しい。
その場で消える現象、つまり空間の断絶や認識の遮断が起こっていた可能性を示唆している。
霧は単なる気象現象ではなく、《視覚・記憶・現実》そのものを揺るがす【何かの境界】だったと考える方がより自然なのだろうか…。
【霧に入った者の共通証言の意味】
手を引かれた感覚、声、姿、囁き……どれもが《迎え入れる》かのような内容を含んでいる。
そんな中異質な『来ちゃダメ』という声は、いざなわれた子ども達が精一杯警告してくれてるのではないだろうか。
つまり霧の内側には《意思を持った複数の存在》がおり、まだ人の心を、魂を宿した誰かが残した私達のための意思だという可能性がある。
【発見された登山靴と名前の意味】
事件から7年後に発見された登山靴は、単なる風化した遺品ではなく、誰かがそこに置いたようにも感じられる状況だった。
もしそれが霧の内側から《返された》ものだとすれば、それは今もなお8人が“そこ”に存在していることを示す、静かなメッセージではないだろうか。
【管理人の感想】
これはただの山の事故でも迷子でもない。
事件全体を通してまず感じたのは、悲しみよりも先に《違和感と恐怖》だった。
目の前で誰かが突然いなくなる…
何の音もなく、悲鳴もなく、争う気配すらなく。
それはまるでここではないどこかにスッと手を引かれて吸い込まれるような…不気味な静けさである。
なにより胸を締め付けたのは、楽しそうな声や『大丈夫だよ』という誘い込む声にまぎれて『来ちゃダメ』という警告があることだ。
深い霧の中で何年も囚われている子ども達は、今もなお心を失わずそこにいるのだろうか…
助けを求めるよりこちらを心配する声に、恐怖より切なさが込み上げてくる。
事件から年月が経ち、今はもう霧見原には誰も近づかないという。
美しい観光地であったため、今もなお禁止とわかっていながら塀を越えて侵入し、撮影する者たちが後を絶たないが…
このような背景があることをもっと知って頂ければと思わずにはいられない。
構事件録
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