発生日時:2015年5月
発生場所:オーレ地方・キファル砂海
関与ポケモン:サボネア(複数・野生)
【未解決】キファル砂海の聖地巡礼
2015年5月、オーレ地方中央部を横断する《キファル砂海》にて《450名以上》の巡礼者が巻き込まれる集団遭難事件が発生した。
彼らはいずれも民間信仰団体《レアムスの環》に所属しており、古来より《天の声が降りる聖地》を目指して砂漠を徒歩による縦断行を行っていた。
限られた荷物で毎日祈りを捧げながら砂漠を数十日にわたり踏破するという過酷極まりない行事は信者達のあいだで《砂漠の試練》と称され、毎年数百人規模の参加者が集まっていた。
巡礼団は日中の移動を避け早朝と夕方に行軍を行う方式を取っていおり、この年も1人の脱落者もないまま順調に進んでいた。
だが、出発から17日目の夕方、隊列は突然発生した猛烈な砂嵐に視界を奪われ身動き1つ取れなくなった。
後に複数の生存者が語るところによれば砂嵐は約3時間にわたり吹き荒れ、突如視界が開けた瞬間、砂丘の向こうに《巨大な石造遺跡》が突如として姿を現したという。
遺跡は双塔の構造で灰褐色の石材によって左右対称に築かれ、塔の中心には複数のリング状の装飾が緩やかに回転しており、リングの中央には一切光を反射しない、まるで底の見えない穴のような《漆黒の球体》があったという。
遺跡の入口と思しき位置には複数の《サボネア》が整列するように佇み、遠目に見てもわかるくらいに大きく腕をふりながらゆらゆらと揺れていた。
その動きは一定のリズムを保ちつつ、まるで巡礼者たちを歓迎するかのように続いていたという。
『あれは間違いなく啓示だったんです。
長年の信仰が報われる証だった。
私たちはついに、神の扉に招かれたんです…
それなのに…ホント無念です。』
そう語ったのは奇跡的に生還した中年の男性信者である。
彼によれば遺跡が現れるや否や、先頭に立っていた教団幹部たちは歓喜し迷いなく前進を命じた。
一部の者が異常を訴える間もなく隊列は遺跡を目指し進み始めた。
巡礼者達は通常と異なり日中でも突き進んだことにより強烈な陽光に照らされていたにもかかわらず誰一人として立ち止まろうとはしなかった。
元々少ない食料で各オアシスや小さな街を経由して補給しながら進むものであったため、水の残量はすぐに底を尽いた。
また、衛星電話による連絡も機器の故障なのか位置情報が読み取れず、救助や街に滞在している補給班である他の信者とも連絡が取れぬまま巡礼団は静かに、だが確実に崩壊に向かって進んでいった。
脱水、熱中症、転倒による骨折、そして何より意識の混濁化が急速に拡大し、参加者たちは無言で砂の上に倒れ、あるいは笑いながら歩き続けた。
だが、進んでも進んでも遺跡は近づくことはなかったという。
報告によれば最終的に50名余りが歩行を継続していたが、その後再び強烈な砂嵐が巻き起こり次々と姿を消していったという。
事態が明るみに出たのは同月下旬に偶然現地を縦断していた10代の旅するトレーナーが地平線上に倒れる膨大な数の人影を目撃したことがキッカケだった。
旅人は即座に緊急信号を発し、上空から派遣されたレンジャー部隊が30分後に現場に到着。
最終的に4名の生存者を保護したが、いずれも重度の脱水と精神錯乱を伴い搬送時に移籍について繰り返し同一の証言を行い、その後2名が死亡、1名は今も意識が回復していない。
また、救助時には遺跡やサボネアの存在は一切確認されなかったとレンジャー隊及びトレーナーは証言している。
その後航空調査も複数回行われたが目撃されたような構造物は何ひとつ確認されず、仮にそれが砂に埋もれたものだったとしても地表の変化を示す兆候すら記録にはなかった。
また、生存者の持ち物から発見された写真・動画も砂嵐により判別不能な画像ばかりで、石造構造物やサボネアを明確に捉えたものは1つも存在しなかった。
しかし、生還者である男性信者は『間違いなく、確かに見た』と繰り返し証言しており、その主張は完治後も一貫している。
現場一帯の調査を行ったオーレ地方生態調査会の報告によればサボネアの存在は確認できなかったものの、もしサボネアがいたのであれば幻覚である可能性を提示した。
サボネアの棘には幻覚作用を引き起こす化合物が微量に含まれているため、砂嵐で視界を失った際に巡礼者全員が同じ幻覚をみたのではないかという説である。
この仮説は現在も生物学・精神医療の両分野から注目されているが、条件の再現が極めて困難であるため確定的な結論には至っていない。
事件から3年後の2018年、生存者であった信者の男性を筆頭に《レアムスの環》は新たに《砂漠の試練》を実行することになった。
その際には《600名以上》の信者が集まり、再び同一ルートでの巡礼を決行したという。
これに対し警察およびレンジャー局は《キファル砂海》全域を《超危険指定エリア》として立入禁止措置を発令し、警告標識・ドローン監視・巡回強化などの対応を講じる事となった。
たが、信者たちは複数のグループに分かれて夜間に密かにそれぞれ別のルートから《キファル砂海》へと入り込んだ。
その後も繰り返し《巡礼を容認する宗教擁護派》と、《過去の悲劇を繰り返すなと訴える地元行政・住民》との間で衝突が起き、現在も対立は続いている。
事件発生から10年が経った今もあの《遺跡》の存在は確認されていない。
そして毎月数多の信者が《キファル砂海》に訪れるという。

――文・【マイケル・ウィートリー】(オーレ民間災害記録保存会)
【管理人の考察】
遺跡の実在性
砂嵐という極限状況の直後に視界が開けた場所にあたかも待ち受けていたかのように遺跡が現れ、巡礼者たちは《巨大な遺跡》の出現を《神の啓示》と解釈し、疑いなく進んでいった。
さらにサボネア達がどのような意図でいたのかは不明ではあるが、一見すると歓迎しているように佇んでいたというのは極限状態の信者たちには遺跡の存在を疑う余地を完全に消失させたとも考えられる。
過酷な環境、信仰の昂揚、そしてサボネアの幻覚作用が重なれば事実と幻想の境界は容易に曖昧になるのではないだろうか。
サボネアの幻覚、あるいは…
幻覚の原因として言及されているサボネアの棘に含まれる成分は、通常であれば直接刺されるなど接触を伴わなければ強い反応は起こさないとされる。
もし砂嵐の中でサボネアが群れていたとするなら、その棘や体表から舞い上がった粒子を吸入したとも考えられる。
だがしかし、数百名に至る全員が同一の《幻覚》を共有したというのは《遺跡が実際にそこにあった》可能性を示唆する。
遺跡の前でサボネアが複数いたことからも何かしらたどり着くための手順があったのかもしれない。
消えた遺跡
その後上空からも徹底的に調査したものの捜索隊が発見できなかった《遺跡》の存在そのものが、未だにこの事件を幻覚であったのではないかと思わせるチカラがある。
目撃証言は極めて詳細で装飾や構造、質感まで共通していたことを考えると完全な幻覚として片付けるにはいささか疑問が残る。
実在の要素が僅かでもあったのか、それとも全てが幻だったのか。
その答えは未だ断定されていないが《観測できなかった》という事だけで《存在しなかった》とするには余白が残る。
信仰と行政の摩擦
事件から3年後、再び巡礼が行われたことが示すのは信仰という力がいかに現実的な危機をも乗り越えてしまうかという点ではないだろうか。
行政の禁止措置や警告があったにもかかわらず、密かに《キファル砂海》に入り続ける信者たちは単に生存者の記憶を追っているのではない。
《天の声が降りる聖地》を一度目撃した者、またはその話を聞いた者にとってそれは目指すべき終着点になっている。
もはや命の危険すら試練の一部であり、信仰の証と考えているようにさえ思える。
その信念の強さが事件の再発を招いてしまう危うさに繋がっているのではないだろうか。
構事件録
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