【解決済】骨と刻む約束

発生日時:1878年8月
発生場所:ヒスイ地方・コトブキムラ
関与ポケモン:ガラガラ(1体・野生)


【解決済】骨と刻む約束

1878年8月、ヒスイ地方《コトブキムラ》で若者の一団が浜で遭遇した野生の《ガラガラ》に戯れの挑発を続けた末に一人が死亡し、駆けつけた《ギンガ団》の制止も実らず戦闘に発展してガラガラが重い障害を負う痛ましい事件が発生した。

その日の朝、複数の若者が浜へ訪れるとそこには《ナニカの骨》が複数引っかかっている破れて廃棄された網が波打ち際にあり、1体のガラガラがそれらを取り出そうとしているのを目撃した。
若者達は退屈まぎれの悪ふざけで小石を投げたり足もとへ砂を散らしたりして反応を試し、ガラガラが振り返っても威嚇せずただ骨を守るように身を屈め続ける様子を面白がった。
しばらくするとそのうちの一人が網の中の骨へ手を伸ばし触れた瞬間、ガラガラは烈火の如く怒り、骨棍棒を連続して頭部、腕、体へと叩き込んでいき、鈍い破壊音と共に血しぶきがあたり一面を染めて若者は浜へ崩れ落ちていった。

逃げたその他の若者たちが叫びながら港外れの通りを走り、通りかかった荷担ぎと見回り役が騒ぎを聞いて浜へ集まる中、詰所を通じて《ギンガ団調査隊》へ急使が走り数十分後には複数の隊員が現場へと駆けつけた。
隊員が遺体を回収しようと網に近づこうとするもガラガラは目を赤く輝かせ怒りを宿しながらその前に立ちふさがった。
繰り返し穏やかなトーンで落ち着くように声を掛けるも骨棍棒を握る手は怒りで震え今にも近くにいる者達全てに襲いかかりそうであったためやむなく制圧のための交戦判断が下された。

浜辺の砂が爆ぜながら激闘が繰り広げられ、隊員のポケモン8体が戦闘不能に陥り、どれほどダメージを与えても屈することが無かったため最終的にガラガラの持つ骨棍棒と足を完全に破壊し、尚且つ腹部を貫通するほどの致命傷を与えたことによりようやく力尽き倒れた。
倒れた直後ガラガラは人間やその他ポケモンに目もくれず自らの身体を引きずりながら網にかかった骨の方へと向かい、まるでその骨を守るかのように抱きかかえるようにして背を丸めた。

その後遺体は回収され、ガラガラも応急の木枠と布で固定しながら決して離そうとしない骨と網と共に街外れの保護舎に運び込まれ治療が施されたが戦闘で受けた損傷はあまりにも深く感知することはなく、歩行はほぼ不可能な状態に陥った。

若者が戯れに触れた骨がガラガラにとってどれほどの意味をもつかを計る術はなかったが、それ以降もガラガラは常にそのほ骨を肌身離さず大事に持ち続け、時折骨に向かって何かを語りかけれうように小さく呟いているのも確認されている。
ギンガ団はこの一件を軽挙な接触が引き起こした惨事として整理し港の寄場では破れ網の投棄を禁じ、浜の清掃を定期化し、街の掲示板に野生個体へのいたずらを厳に慎む触れを出し船大工と網元に対しては回収箱の設置と引き取りの報奨を設けた。

その後、若者の死をめぐっては葬りの列に多くの灯が並び、家々の戸口には黒布が下がり悼む声とともに、挑発を繰り返した愚かさがもたらしたとする厳しい視線と声が増えていき、暮らしていくには耐えがたい空気が生まれた事からやがて一家は荷をまとめ街を離れていったという。

一方で保護舎のガラガラは尻尾を用いてぎこちない歩行を時折していたものの徐々に寝たきりになり、夜更けに潮の音が強まると骨へ顔を寄せて幸せそうに眠りにつく姿が記録簿に繰り返し記されており、毎日同じ世話係がガラガラを担当していたことから当初は少しでも近づくと唸りながら骨を隠すように身体を丸めて睨みつけていたのが奪う意図がないという信頼関係が築かれていき、二人の絆の積み重ねが日誌に淡々と残っている。

月日は流れ、日誌の最後の方ではガラガラの息が浅く短くなっていき、骨を握る力以外残されていない様が繰り返し記され、そして最後のページでは薄い白気の中で骨に頬を寄せた姿のまま動かなくなったと締めくくられている。
ギンガ団ガラガラが最後まで離さなかった骨とあわせ破れ網の一部と浜の赤土を乾かして封じ、木製の箱に収めて保管し、やがて保護舎の小部屋に展示の棚を設けて港の子らや旅の商人が立ち寄れば案内役が出来事の経緯を語るようになった。
海と街の間に横たわる境いを軽んじれば何がほどけ、何が断たれるのかを伝える取り組みは継続され、浜には回収箱が常置され夜番が巡回した事により以降悪戯の報せは無くなっていったという。

箱の中に眠る白い骨は今も薄い光を帯び、触れてはならぬものと寄り添うべきものの境いを静かに教え続けている。

――文・【ササキ・タケヒコ】(コトブキ年代誌編纂局)


【管理人の感想】

最初に感じたのは若者たちの軽率さに対する強い不快感だった。
目の前でひたすら骨を守ろうとしていたガラガラの姿にただの悪ふざけで石や砂を投げる行為がどれほど残酷なものだったかと思うと、怒りよりもむしろ虚しさが大きい気がする。
その後経緯を知った村の人々がどれほどの不快感と嫌悪を覚えたのか想像すると、死を悼む気持ちになれないのも理解できる。

重症を負いながらも最期まで骨を守ろうとしたガラガラの姿はただの習性で済ませられるものではなかったのではないだろうか。
誰の骨だったのかは分からないがきっとそれは親か子か、あるいはかつて共に旅をしたトレーナーのものだったのかもしれない。
1つの命と思い出に深く結びついた証を命を削ってまで抱え込み守るその姿からは若者たちがその重みをいかに軽んじたのかを痛烈に感じられる。

以降同じような出来事が繰り返されていないのは救いであり、僅かな安堵があった。
街が教訓を残し網の処理や巡回を徹底したことが功を奏したのだろう。
けれどそれは1つの命が失われ、もう1つの命が生涯を不自由に過ごす代償の上に築かれた平穏でもある。
その静けさに触れるたび守るべきものを嘲りの対象にした愚かさと、その果てに残された哀切とが浜辺の潮の音のように胸に響き続ける気がする。

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