【未解決】囁く標本

発生日時:1936年7月11日
発生場所:ジョウト地方・キキョウシティ博物館
関与ポケモン:パラス(1体・野生)


【未解決】囁く標本

1936年7月11日、ジョウト地方【キキョウシティ】にある市立博物館で起きた一件が今日に至るまで不気味な都市伝説として語り継がれている。

事件の発端は当時警備を担当していた男性による通報だった。
彼は夜間の見回りの最中に展示室の一角から明らかに人間の声を含んだ《虫のような鳴き声》を聞いたという。
声は低く、時に笑うような音も混じっていたと証言されている。
不審に思った彼は音の出どころを調べようとしたが探しても何も不審なモノも、人も見つからなかった。

翌朝、学芸員と共に改めて展示室をくまなく確認してみたところ、やはり内部は乱れた様子もなく一見いつも通りに見えた。
だが、標本室に入った彼らはついに異常に気づくこととなる。
昆虫系ポケモンの剥製が並ぶ棚の一角に収められていた《パラスの標本》が以前と《位置を変えていた》のだ。
元々きっちりと揃えて並べられていた標本が頭部をやや傾けた状態で扉の方に体を向けるようにズレていた。
さらに、近づいてみると隣接していた台座に《黒く変色した人間の指の骨》が一本落ちているのを発見した。

骨は比較的新しいもので年代測定の結果もせいぜい数年以内のものとされたが博物館にそのような展示品はなかった。
また、警察によるDNA鑑定等は当時の技術では不可能で骨の持ち主が誰だったのかは今も判明していない。

さらに奇妙なことにこの日から毎年同じ7月11日の深夜になると、展示室を訪れた夜間警備員や学芸員の一部が【囁き声がする】と訴えるようになった。
声は毎回異なり、【戻して】【見つけて】などの意味を持つ短い単語が多かったとされる。

 

事件から7年後の1943年、博物館は戦争の影響により閉館され展示物の多くは他の施設や個人の収集家に分配されることとなった。
問題のパラスの標本も正式な記録が残らぬまま《個人収集家に譲渡された》とされている。
その後標本がどこへ渡ったのかは記録が一切残されておらず、現在もその所在は不明のままだ。

だが、数十年経った今でも年に一度だけかつての博物館跡地の近くで真夜中に誰もいないはずの場所から低く湿った囁きが聞こえてくるという。
それが本当にあの標本の声なのか、それともそこに残された《ナニカ》なのか…
今となっては誰にも確かめる術はない。

――文・【ヤマシロ・リョウ】(ジョウト歴史怪異調査会)


【管理人の考察】

骨の意味

展示台に落ちていた黒ずんだ指の骨は異様な存在だと感じる。
標本の移動や囁き声のような現象に比べて、骨は明確に《現実の痕跡》を示している。
この指は誰のものだったのか。
かつて剥製を作った職人なのか、《ナニカ》を封じた者なのか。
あるいはパラスそのものを生前に追い詰めた《加害者》の指なのではないかという妄想すら浮かぶ。
指先だけが残された理由は単なる偶然とは思えない。

パラスの特異性

パラスの体を覆うキノコは寄生生物であり、彼らの生命活動の主導権はそのキノコにあり、むしろ本体であるとも言われている。
この事件に登場する《標本になったパラス》がもし生前すでに何かしら異常な共生関係にあったとしたらどうだろうか。
剥製化された時、キノコが《仮死状態》であったのであれば、既に死亡した体をうまく動かせなくてもまだ生きている状態だったのかもしれない。
つまり囁き声はキノコ(パラス)が独自の進化を果たして、新たな寄生先を探し求めていたのかもしれない。

同じ日に繰り返される囁き

なぜ7月11日なのか、そしてなぜ【戻して】【見つけて】というような語彙なのか。
それが《誰に対して》《何を指しているのか》はハッキリしていない。
だが声を聞いた人間が皆【語りかけられた】と感じているならそこに《語りかけたい対象》があるということになる。
つまり何十年と経過した今でも語り手は未だ相手を探しているのではないだろうか。
通りがかった人に向かって話しかけているのではなく、《本来聞くべき誰か》に向けて囁き続けているのかもしれない。

標本は今どこに

戦時中の混乱で行方知れずになったというのはよくある話だが気になるのは【誰が引き取ったのか】だ。
戦後、パラスの標本にまつわる新たな目撃談や現象が他の場所で報告されず、同じ場所で囁き声が継続しているのも不思議に感じる。
既に標本は焼却処分されたのか、それとも今もどこかで静かに保管されているのか。
それとも誰も外に運び出しておらず、地下などに埋められているのだろうか。

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