【解決済】モエギの呪い

発生日時:1887年10月
発生場所:ジョウト地方・モエギ村
関与ポケモン:ミミロル(複数・野生)


【解決済】モエギの呪い

1887年の秋、ジョウト地方北西の山あいにある小さな集落である【モエギ村】で村の子共達が次々と《原因不明の咳》を訴えはじめた。
最初は季節の風邪だろうと楽観視されていたが、症状は次第に重くなり、咳が止まらなくなった児童の多くが数日のうちに声を失っていった。
ひと月も経過するとモエギ小学校に通うほぼ全ての児童が同様の症状を患っており、中には咳のたびに血が混じるようになる子も現れ、事態は静かに、だが確実に深刻化していった。

村医者も手をこまねくばかりで打つ手がないまま時間だけが過ぎていったある日、まだ軽症だったとある男児が『最近できた友達に会いに行きたい』と呟いた。
両親が詳しく尋ねるとその《友達》とは祠に集まっていた複数の野生の《ミミロル》の事だと判明した。

その祠は通学路の途中にひっそりと佇む古びたもので、村の年寄りたちが昔から果物や米などを供えてきた場所で、《子供を見守る守り神》がいると信じられており、通学する子どもたちの安全を祈る場として今も親しまれていた。
だがその大切な供え物が近頃は祠の前にやってきたミミロルたちに食べられていたことがここで初めて明らかになる。

実際に祠を観察した村の大人達はミミロルが朝の早い時間、ちょうど通学時に供え物を食べに来る様子を目撃した。
すると一部のミミロルが人の気配に気づいた途端、複数のミミロルが食べるのをやめて嬉しそうに駆け寄ってきたが、それを見た大人達は手に棒や熊手をで激しくミミロルたちを叩き、追い払った。
子供達によればミミロル達は最初こそ警戒心を見せていたものの、日を追うごとに慣れていき、通学のたびに出迎えてくれるようになっていたという。
そのため駆け寄ってきたのも普段通り抱きつこうとしての事だったと推察された。

 

村人達はミミロル達を《触れた者の声を奪う悪しき存在》と見なし、以降の接触を禁止し、穢されたとして祠へも近づかなくなった。
そして子共達がミミロルに近づかなくなると新たな発症例は見られなくなったためモエギ村の人々はこの出来事を《祟り》として受け止めるようになった。

その後、モエギ村の住人はミミロルを見かけるたびに追い払ったり、村のあちこちに罠を仕掛けて捕まえる者も現れ徐々にその姿は消えていった。
声を失った子共達の多くは数年のうちに発声を取り戻していったが、一部には言葉の一部が不明瞭なままであったり、発音に苦しんだり、咽び声しか出せない重い後遺症が残る例も確認されている。

 

この《モエギの呪い》と呼ばれた事件は長らく民間伝承として語られていたが、近年になってとある学者と調査隊により、新たな事実が浮かび上がった。
ジョウト地方にある【民俗信仰科学研究所】の調査によって、当時ミミロルたちが頻繁に出入りしていた可能性の高い祠の裏手にある苔むした洞窟の奥で《新種の菌類》が発見されたのだ。
その胞子を吸い込んだり、経口摂取した場合に舌や喉の粘膜が一時的に麻痺し、一定の条件下においては重篤化し完治しない、または重い後遺症が残ることが動物実験により明らかとなった。

この洞窟は湿度が高く、穴が複雑に入り組んでおり、ミミロルのような小型ポケモンにとっては絶好の棲み処だった。
つまり、当時のミミロルたちはこの菌を知らず知らずのうちに体表や毛に付着させ接触によって人間へと伝播していたと結論づけられた。

後年、この調査報告が世間に共有されると《野生ポケモンとの安易な接触が人体に及ぼす影響》について社会に再認識をもたらす契機となり、野生種との接触に一定のガイドラインが設けられるようになった。
【可愛いから触る】や【危害を加えて来ないから大丈夫】といった気持ちが、時として人間の想像を超えた危機が潜んでおり、予期せぬ結果をもたらすことがあるという教訓として現在もなお語り継がれている。

――文・【イズナ・マコト】(ジョウト民間信仰科学研究所)


【管理人の感想】

この事件において、最も苦しかったのはミミロルたちのだったのではないかと思う。
祠の供え物に惹かれてやって来て、子供達との間に確かな絆が芽生えた。
初めて見る大人達に抱きつこうとしたのも、きっとそれまでに何度も優しくされた記憶があったからと考えられる。
なのにそれがある日突然、暴力を振るわれ追いかけ回され、怯える暮らしを余儀なくされたという現実はあまりにも理不尽だ。

もちろん菌類の存在が後に明らかになった今では、結果的に被害が出たことも事実として受け止めなければならない。
けれどこの事件で傷ついたのは声を失った子供達だけではなく、自分を慕ってくれた存在から虐げられるようになったミミロル達も同じではないだろうか。
無意識のうちに災厄の媒体になってしまった生き物が、一方的に《呪いや祟り》として排除されていく様子は現在の私達にとっても無関係ではいられない。

動物やポケモンと暮らすということは可愛がるだけであってはならないと思う。
その存在がどこから来て、どんな環境にいて、何を身にまとっているかを知る責任があるのではないだろうか。
《祟り》という言葉で全てを終わらせるのではなく、あの時もし《理解》の余地があったのかを考え、今後同様のことがおこらないよう知識を深めていくのが大切であると考える。

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