発生日時:2023年6月
発生場所:カントー地方・タマムシシティ
関与ポケモン:ヤブクロン(1体・トレーナー所有)
関与人物:カシワギ・ユイ(高校生/故人)
【解決済】人に毒され毒を愛した少女
タマムシシティの中心部にある24時間営業の漫画喫茶チェーン店の個室ブースから悪臭がしたため清掃に入った店舗スタッフが死後数日が経過している一人の少女を発見した。
少女は上着を身体に掛け、膝を抱えるように丸まっており、胸元でモンスターボールを抱きしめるように押し当てられており、その手には強い力がこもっていた。
通報を受けた警察が現場でボールを開くと中から少女のパートナーだった《ヤブクロン》が現れた。
ヤブクロンはボールから現れるなり、真っ直ぐ彼女のもとへ駆け寄り、動かない顔を覗き込みながら繰り返し声をかけた。
その仕草はまるで彼女を起こそうとしているようで、何度も何度も呼びかけ続けていたが、やがて現実を受け入れたのか身体を寄せたまま黙り込み、静かに俯いてポロポロと涙をこぼした。
亡くなったのはトキワシティ出身の高校2年生【カシワギ・ユイ(17歳)】。
ユイが幼い頃に両親が離婚しそれ以降は母親との二人暮らしだったが成長とともに家庭内での会話は減り、高学年に入る頃には彼女が何かを話そうとしても『疲れてるから後にして』とあしらわれることが続いていた。
気軽に気持ちを吐き出せる場所がなかったユイは次第に人の少ない静かなトキワの森で過ごすようになったという。
そんなある日、森の奥でユイは見慣れないポケモンと出会う。
それが後にユイの人生を変える存在となったヤブクロンだった。
本来この地域には生息していないそのポケモンは段ボールで作られた小さな箱の中に身を寄せ、周囲には壊れたぬいぐるみや古びたおもちゃが散乱していた。
明らかに誰かに棄てられた個体であったがユイはそんなヤブクロンに惹かれ、次の日から毎日森へ通うようになった。
当初は警戒していたヤブクロンも次第にユイの訪れを待つようになり、いつしか2人の間には確かな絆が生まれていた。
時は流れ、中学1年の夏、ユイは昼食代を切り詰めて購入したモンスターボールを使い正式にヤブクロンを手持ちのポケモンとして迎え入れる事になる。
それは奪われ続け失い続けたユイが初めて自分の意思で選んで手に入れた《かけがえのない存在》だった。
だがヤブクロンの存在を知った一部同級生たちから『臭すぎる、汚い』と嘲笑の的になり、ユイ自身もイジメの対象となった。
日を追うごとにいじめは陰湿さを増していったがそれでも彼女は屈しなかった。
ヤブクロンとの絆と《環境さえ変われば全て解決する》と信じ、明るい未来を目指して、かねてから憧れていたタマムシ女学院を目指し懸命に勉強を続けた。
最初は反対していた母親も努力を続ける娘の姿に次第に理解を示すようになり、2023年春、彼女は無事志望校に合格を果たした。
だが、そこで待ち受けていたのは《想像を絶する新たな地獄》だった。
全てのキッカケはかつて彼女をイジメていたグループの中心人物が同じ高校に進学していた事だった。
ユイは入学と同時に標的とされ、学校生活のほとんど全ての場面で精神的圧力に晒され続けた。
そして決定的だったのはポケモンバトルの授業中にヤブクロンを繰り出した瞬間、イジメグループの主犯が悲鳴を上げ、それに感化された生徒たちは逃げ惑い、教室は一時騒然とした。
その混乱に乗じイジメグループはユイとヤブクロンの嘘で塗り固めた悪質な誤情報をクラス中に共有し、同学年のほぼ全てから嫌悪されていった。
そして極めつけにヤブクロンの使用は禁止され《別のポケモンを育てるよう》指示されることとなった。
捨てられていたヤブクロンと築いた関係を壊すことは自分を否定することと同じだったため、ユイはその指示を拒んだ。
以降、ユイはポケモンバトルの授業への参加をせず、バトル演習の時間にはグラウンドの隅で見学という名の孤立を強いられた。
その最中もイジメグループの一部がローテーションを組むように近づき、誰の目にもつかない範囲で執拗に嫌がらせを続けていた。
やがてユイは学校に足を運ばなくなり、自宅にも戻らない日々が増えていった。
その代わりに身を寄せたのが、街中の漫画喫茶だった。
過去にも辛い時期に何度か利用していたその場所は彼女にとって数少ない《避難所》だった。
店長は未成年の宿泊を黙認していたが、それは彼女の表情やふるまいを見て【何か事情があるのだろう】と感じていたからだという。
事件後、店長はインタビューで以下のように語っている。
『いつも泣いてる声が聞こえてました。
でもこちらから声をかけるのは躊躇してしまったんです。
今の時代、勝手に話しかけただけでセクハラだなんだと問題になることもありますからね。
確かに声をかけるべきだったのかもしれません。
でも、下手に関わればそれこそ余計に追い詰めてしまうような気もしましたし。
彼女はいつも部屋を綺麗に使ってくれてたので感謝もしてるんです。
退出時には消臭剤などで良い匂いが残っていて…
思い返してみれば凄く匂いを気にしる素振りをいつもしていましたね。
最終的には悪臭を残して部屋1つ使えなくなってしまいましたが。
ちゃんと未成年の宿泊を断るべきだったなと教訓になりましたね、はい。』
この言葉はネット上で大きな批判を集め、漫画喫茶の責任を問う声が上がる一方、家庭や学校への批判も広がっていった。
やがて《イジメ加害者の特定》が匿名アカウントによって行われ、実名や学校名が晒されると事態はさらに過熱。
しかし、しばらくしてから亡くなったユイの母親が逮捕され、大きな議論を呼んだ。
ユイの母親曰く、『なぜ自分だけが責められるのか』との怒りから関係者の個人情報を複数の掲示板やSNSに投稿していたことが明らかになった。
報道はそれを境に一気にトーンダウンし、テレビや新聞では取り上げられなくなっていった。
だが、ネット上では今も《調べてはいけないワード》として動画投稿されたり検索され続けており、その姿勢が批判を受ける一方で関心が風化しない一因ともなっている。
その後、店舗は閉鎖され再利用のために訪れたリフォーム業者が目撃したのは、かつてユイが最期に眠った個室の前にジッと座り込むヤブクロンの姿だった。
どれだけ呼んでもその場から動こうとせず、虚空を見つめながらユイの帰りを待っているようだったと語られた。
現在ヤブクロンは保護センターに引き取られ日々静かに過ごしている。
だが他のポケモンと交流することはなく、毎日欠かさずユイから初めてもらったモンスターボールを磨きながら一人静かに涙を流していると職員は語る。

――文・【シズハラ・リュウイチ】(カントー家庭児童問題対策センター)
【管理人の感想】
最初に森で出会ってからずっと傍にいたヤブクロンは最期の瞬間までユイと一緒だった。
人に捨てられ、そしてまた人に嘲笑されながら、それでもただ一人から受ける信頼だけを糧に生きていたその姿に優しさと残酷さの両方が詰まっているように思える。
また、ユイにとってもヤブクロンは世界の中で唯一自分を肯定する存在だったとも言える。
だからこそ【別のポケモンに変えろ】と言われた時、それを拒んだのは彼女なりの最後の抵抗だったのだろうと思う。
ユイの孤独と絶望を救えなかった全ての大人たちに責任があるのではないだろうか。
《無関心という毒》と《陰湿なイジメという毒》のなかで彼女は静かに壊れていき、手を差し伸べる存在はヤブクロン以外存在しなかったと思われる。
だがそんなヤブクロンがいる中でも彼女が命を断つにまで至ったことを、ヤブクロンがどれほど傷つき、悲しみ、絶望したのか想像すると辛くなる。
ヤブクロンの涙はきっと、彼女のために流したものであり、自分自身の喪失に向けたものでもあったはずである。
今も保護センターで静かに過ごしながら彼女がくれたボールを磨き続けるその姿を思うとやりきれなさと哀しさがこみ上げる。
人に捨てられ、人を信じて、人に裏切られ
それでもなお誰かを思い続けているこの小さな存在がユイの遺したものの中で最も美しく、最も悲しい証なのだと思う。
構事件録
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