発生日時:1969年4月
発生場所:カロス地方・ミアレシティ歌劇場
関与ポケモン:タマゲタケ(複数・野生)
【解決済】毒胞子のアリア
1969年4月、カロス地方の中心都市ミアレシティで起きたこの事件は当時街の文化的象徴とされていた《ミアレ歌劇場》における公演中に突如発生したもので今なお多くの市民の記憶に深く刻まれている。
その日も交響楽団による人気演目の上演中でほぼ満席となっていた観客たちの間で突然体調不良を訴える声が相次ぎ、劇場内は一瞬にして混乱と恐怖に包まれた。
咳き込む音が連鎖的に響き渡る中、舞台上でも演奏を続けていた楽団員の数名が突然倒れ観客含め多くの人がその場で意識を失った。
通報を受けて現場に急行した救急隊や警察は現地に充満する異様な空気にただならぬ事態を察し、速やかに観客の避難誘導と応急措置に乗り出したものの既に13名の楽団員が死亡しており、さらに観客のうち300名以上が中毒症状を訴え次々と病院へ搬送される中、パニックを起こした際に踏みつけられた数十人が亡くなるという深刻な惨事となった。
事故直後には一酸化炭素中毒やガス漏れが疑われたが明確な臭気も煙もなく原因は長期間にわたり不明のままだった。
事態が大きく動いたのは建物内部のダクト内部を調査しようとした際に、中に入った隊員が次々と倒れ二次被害が発生したことだった。
改めて防毒装備で中を調査したところ、空調設備内には大量の《タマゲタケ》がに棲みついていることが判明した。
タマゲタケは長年にわたって誰にも発見されることなく、外敵のいない構造内で世代交代を繰り返した結果、通常ではあり得ないほどの濃度と持続性を持つ毒性胞子を発生させるようになりそれが空調起動と同時に一気に客席や舞台にまで拡散されたというのが真相だった。
さらに明らかになったのは劇場側のあまりに杜撰な管理体制だった。
公式には《年2回》の設備点検が義務づけられていたにもかかわらず実際には《20年以上》にわたり空調設備内はおろかその他表に露出していない箇所の本格的な清掃や調査は行われておらず、内部構造の図面すら紛失していたという。
事件が明るみになってからは数年前から【演奏中に目がしみる】、【やけに咳が出る】といった来場者からの声が多く寄せられていた事も判明。
だが管理側はそれらを記録にすら残さず放置していたことも後の調査で明らかになった。
このような背景が積み重なった結果、毒胞子の濃度は年々蓄積され1969年4月のあの日に致死濃度にまで達したと推測されている。
つまり今回の事件は突発的に発生したものではなく起こるべくして起きたものだったと多くの識者は指摘している。
さらに市民の怒りを買ったのは事件後の劇場側の対応だった。
管理責任者は公式会見の場で読み上げただけの謝罪文を手短に述べそのまま会場を後にし、以降一度も謝罪の意を示していなかった。
遺族への個別連絡も曖昧で補償や再発防止策についての明確な説明もないまま劇場は突然休館を発表。
あまりにも誠意を欠いたその姿勢は一気に市民の不信と怒りを煽り、謝罪会見からわずか3日後には大規模な抗議デモが行われた。
そしてその一部が暴徒化し、怒れる群衆によって劇場は放火・全焼する結果となり建物は完全に崩落。
現場は以後長らく立入禁止区域として封鎖されたままとなった。
それから30年後、跡地には新たな文化施設《ミアレ・ミレネール・ヌーヴォー劇場》が開館することとなる。
設計段階から当時の教訓を徹底的に取り入れ防疫・換気設備は最新鋭のものが採用された。
また、建物の一角には事件を忘れないための記念エリアが設けられ、焼け残った楽譜の断片や演奏者の愛用していた楽器の部品、旧劇場の座席の一部などが展示されている。
それらは全てガラスケースに厳重に保護され、訪れる者に事故の記憶と責任の重さを静かに訴えかけ続けている。
現在《ミアレ・ミレネール・ヌーヴォー劇場》はカロス地方でも随一の人気を誇る音楽施設として知られており国内外から多くの観客を集めている。

――文・【レオン・ドレクール】(カロス公衆衛生記録センター)
【管理人の感想】
咳き込む音が連鎖していき、楽団員まで崩れるように倒れた時、人々は《圧倒的な恐怖》に飲み込まれたのではないだろうか。
目に見えないナニカに蝕まれていき、数百名がパニックを起こして出口に向かう様は狂気的とも言える。
年2回の点検義務を20年以上も無視していたという管理体制の崩壊ぶりには怒りと憤りを覚える。
当時の来場者の訴えも記録にも残さず放置していのは最早怠慢という言葉では足りない悪質行為である。
さらに事件後の対応があまりにも冷たく、無責任で信じられないほど杜撰だったのも到底許されない。
勿論放火や暴動は許されることではないが、それでもあのような態度を見せられ市民の信頼を裏切ったという重さに相当する結果であると言える。
その後にできた《ミアレ・ミレネール・ヌーヴォー劇場》に記憶を残すための展示があるというのは素晴らしい事だと感じた。
それがあるからこそ新しい劇場に足を運ぶ人たちもあの場所で何があったのか、何を繰り返してはいけないのかを思い出せるのではないだろうか。
構事件録
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