発生日時:1884年8月
発生場所:カロス地方・ショウヨウシティ郊外
関与ポケモン:フラージェス(1体・野生)
【未解決】月光幻花
1884年8月、カロス地方《ショウヨウシティ》の郊外に位置する壮麗な邸宅で行われた舞踏会は華やかな音楽と光に満ちたはずの夜を一転して恐怖と混乱に染め上げた。
その日、招待客たちが輪を描きながら踊り、戯れていた際にガス灯の明かりに照らされた庭園の噴水に上空からキラキラと輝きながらふわりと一体の《フラージェス》が舞い降りてきた。
その不思議な登場には客人たちは皆、余興の一部と勘違いしざわつきながらも踊りを止め、視線をフラージェスへと向けて何がこれからはじまるのか楽しそうに眺めていたという。
フラージェスは不思議と噴水の水に濡れる事がなく、そのまま噴水の縁である白い大理石に静かに降り立ち、庭園にいた好奇の目を向ける人間たちを一瞥するとゆっくりと目を閉じ、胸の前で腕を組み、祈りを捧げるような姿勢をとった。
その美しい仕草に一瞬のざわめきが広がり、誰もがこれから素晴らしい演目が披露されるのだと信じて疑わなかった。
だがその直後、噴水のすぐ近くにいた紳士たちが言葉を発する間もなく膝を折りその場に崩れ落ちると、周囲の貴婦人や楽団員までもが次々と意識を失っていき、庭園にいた者たちは悲鳴を上げる暇もなく全ての者が倒れ込んでいった。
なお、これらは全て屋敷内で清掃をしていた数人のメイドがその光景を窓越しに目撃していたことにより残っている記録である。
人々が倒れていく中、駆け寄ろうとした若いメイドをメイド長が低い声で制止し全員を窓から離れるように指示した。
その後一部のメイドとメイド長がその異様な光景を震える手でカーテンの陰に身を潜めながら脅威が去るまで見届けることにした。
全員が倒れるとフラージェスは再びゆっくりと目を開くとその瞳は虹色に揺らめいており、不気味な光を放ちながら庭園全体を見渡したという。
次の瞬間、フラージェスの身体からは光の粉が舞い上がり、それらが噴水の水面へと吸い込まれていくと水盤は激しく沸き立ち、これまで静かに流れていた水が天へ向かって轟音とともに吹き上がった。
舞い上がった水はり横たわる人々にが降りかかると、人々は内側から吸い込まれるように中心へ向かって身体が縮んでいき、やがて衣服だけを残して消え失せ、しばらくするとその衣服の隙間から鮮やかな花弁が伸び、一輪の巨大な花が咲き誇ったという。
花々は夜風に揺れながら次々と咲き乱れ、庭園は瞬く間に美しい地獄のような異様な花畑へと変貌した。
室内からでも香る強烈な甘やかで濃厚な芳香が一帯に広がっていき、恐怖に震えるメイドたちは必死に声を押し殺しながら身を寄せ合い、涙を浮かべながらその光景に目を奪われるしかなかったという。
フラージェスはまたふわりと噴水から庭園へと降り立ち、いくつかの花に触れながら見て回っているとやがてゆっくりとメイドたちへ視線を移した。
虹色の瞳が灯火のように揺らめき彼女たちの胸を凍らせ死を確信させられたが、フラージェスは彼女らに襲いかかることはなくそのままふわりと宙に舞い上がり、夜空に散る光の粒となって姿を消したという。
騒ぎを聞きつけて駆けつけた近隣の住民や衛兵たちが屋敷に到着したとき花々はすでに萎れ始めており、やがて夜明けとともに跡形もなく消え失せてた。
残されたのは山のように積み重なった衣服や道具と水盤の縁に残る甘い香りのみで消えた邸宅の主や貴族、楽団員、給仕を含めた数十名の消息を追う術はなかったという。
その後現場を封鎖して調べは行われたが当時の技術では人々がどのように姿を失ったのかを解明することは不可能であり、証拠として持ち帰ろうとした花弁も残ってるうちに回収しようとしたものの指先で触れるだけで崩れ落ち、形を留めることはできなかったという。
証言の全てが一様に一致していたにもかかわらず確固たる証拠が存在しないことからこの花は《月光幻花:Fleur lunaire fantasmée(フルール・リュネール・ファンタスメ)》と呼ばれ社交界に恐怖と疑念を抱かせた。
事件後の新聞は連日この出来事を取り上げたが、社交界の一部は【メイドが起こした犯罪】だとし現場にいたメイド達を死刑にするよう呼びかけた。
だが、庭園にいた屋敷に勤めていた使用人たちすら戻らぬまま失踪している事実と、庭園を訪れた近隣住民が異様な芳香と花弁の残骸を目にしたという証言が複数存在する以上、幻想や作り話で済ませられるものではなかったため却下されたという。
やがて屋敷は閉ざされ荒廃の末に取り壊されその跡地は草木に覆われてしまい、現在となってはこの伝承のみを残し何一つ証拠も痕跡も残されていない都市伝説めいた話しとして取り扱われている。

――文・【クロード・モラン】(カロス怪奇事件調査会)
【管理人の考察】
本当に野生個体だったのか
通常、フラージェスは花畑や自然豊かな環境に根付いて暮らしており人の集う舞踏会の庭園に自ら姿を現すことは極めて稀な現象だったといえる。
そのため目撃された個体が本当に野生だったのか、それとも誰かの手で呼び寄せられたのかは判然としない。
当時の社交界では秘密裏に自然を操る儀式や霊的な試みが行われていたという記録も残るため、屋敷の主や招待客の誰かが何らかの意図を持って連れ込んだ可能性も否定できないだろう。
単なる偶然の訪れではなく、あの夜を狙い澄ましたような登場であったことにこそ事件の異常性が潜んでいるとも考えられる。
不可思議な能力
フラージェスが見せた力はその性質からは《フラワーヒール》や《アロマセラピー》等を想起させるが記録された現象はそれらとは桁違いに規模が大きく、既存の技には当てはまらないと言えるだろう。
噴水の水を変質させ人間を花へと変貌させるなどは最早ポケモンの使用する技では説明ができない。
考えられるのは複数の技が同時に発動した複合的な現象か、あるいは未だに知られていない《未知の力》が働いたという可能性だ。
後者であるならばフラージェスという種が持つ潜在的な力のほんの一端が顕在化したにすぎないのかもしれない。
花と粉の正体
庭園に咲いた謎の花の種類は誰にも特定できず、噴水に舞い落ちた粉が引き金となっているように見えるがそもそもそれが本当にフラージェス自身から放たれたものだったかは曖昧である。
窓越しに目撃した者たちが【光っているナニカがフラージェスから舞い上がった】としか認識できなかったのは距離の問題だけでなく、人間の目では本質を捉えられない現象であった可能性もある。
花弁に触れれば即座に崩れ去る性質を考えれば自然の植物というよりは短命な幻影のような産物とも考えられる。
つまり粉自体はフラージェス固有のものではなく、彼女を介して流れ込んだ《別のナニカ》の産物だったのではないだろうか。
背後の存在
フラージェスが祈るような姿勢をとった後に事件が起きたが、その一連の振る舞いは自らの意思というよりも《ナニカ》に導かれて儀式を執り行っているかのようにも思える。
さらにその後フラージェスの瞳が虹色に輝いていた事も異質さを伴っている。
もし背後に《大いなる存在》といえるような《ナニカ》があったとすればフラージェスはその媒介に過ぎなかったのかもしれない。
花と祈りを通じてより上位の力がこの場に現れた可能性は十分に考えられる。
現在の所在
事件後、フラージェスは光の粒となり夜空へ消え、その後どこに向かったのかは一切記録に残っていない。
だが、今回はたまたま屋敷内にいたメイド達が目撃していたが、報道や証言として残らなかっただけで他の地方で似た現象が起きていた可能性は排除できない。
仮に同一個体が存在するのなら今もなお人知れず祈りを捧げ、別の地で花を咲かせているのではないだろうか。
もしかしたらまた人々が集う場所に現れ、一夜限りの美しくも悍ましい花を咲かせているのかもしれない。
構事件録
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