発生日時:1971年11月
発生場所:イッシュ地方・ロウレンス団地17棟
関与ポケモン:コノヨザル(1体・トレーナー所有)
関与人物:リサ・マッケイ(高校生/故人)
【未解決】具現化した憤怒
1971年11月18日、イッシュ地方ライモンシティよりさらに東にあるロウレンス団地17棟の一室から壁をハンマーのような重い鈍器で殴りつけるような重低音が連続して発生した。
通報を受けた警察2名が現場に到着したのは午後8時12分。
ほぼ同時に帰宅した家主である【マリア・マッケイ(32歳)】とその交際相手と合流し計4名で部屋に入室した。
ドアを開けた瞬間、凄まじい殺気と共に室内に立っていた1体のポケモンが一同の視界に飛び込んだ。
壁を殴り続けていたそのポケモンは全体的に灰色で、先端の毛が白く毛羽立ち、目を血走らせ、喉奥から地鳴りのような音を漏らしていたという。
警察官は即座にポケモンで応戦したがものの数秒で壁に叩きつけられ即座に戦闘不能に陥った。
無線の音声と後の現場検証による予想ではあるが、次の瞬間、世界が割れるような怒号を上げたそのポケモンはマリア・マッケイの顔面を掴み、壁に押しつけるように数度殴打。
血飛沫と共に頭部は原形をとどめず、千切れ落ちた体はバラバラになるまで繰り返し踏み抜かれた。
側で腰を抜かしていたマリア・マッケイの彼氏は胴体を掴まれたまま全身を壁に複数回打ちつけられ、局部を引っこ抜き、そこに出来た空洞を基準に真っ二つに引き裂かれた。
引き裂いたあとの体も複数回さらに引き裂いて、バラバラになった肉片をマリア・マッケイの口や腹部に一部詰め込んでいった。
応援部隊が駆けつけた時、部屋は荒れ果て血と肉片で覆われていたが該当のポケモンの姿はなかった。
警察官2名とそのポケモンは重症ではあったものの命に別状はなく、そのまま病院へと運ばれた。
室内をさらに捜索すると奥の寝室で少女が毛布に包まり眠るように亡くなっているのを発見した。
少女の名は【リサ・マッケイ(15歳)】。
他の部屋は見るに耐えない程荒れていたが彼女の部屋だけは家具がそのまま残されており、異質な雰囲気が漂っていた。
当初は彼女も謎のポケモンにより殺害されたのではないかと思われていたが検死の結果、少女の体には無数の傷跡があるもののどれも《人間に殴られて出来たもの》であり、死因はロープを使っての自死であると判明した。
そしてその後のさらなる調査でリサ・マッケイの部屋のから複数の日記が発見された。
その中でも最新のものがおよそ三年ほど前から書かれていたもので、この日記により事件の全容が明らかになる。
以下は日記の一部を抜粋したものである。
1968年3月9日
今日も誰とも話してない。
教室はうるさいのにわたしのところだけ時間が止まってるみたい。
最近お母さんが帰ってくるようになった。
でも知らない男の人と一緒でずっと二人でくっついて叫んでる。
家のほうがうるさい。
怖い。気持ち悪い。
お腹が空いた。
1968年4月23日
またカバンの中身をゴミ箱に捨てられた。
お前は臭いからって言われた。
先生は見てたのに目をそらした。
わたしが消えたほうがみんな幸せなんだと思う。
1968年6月3日
今日も誰とも話さなかった。
帰る時、また卵を投げられた。
全然痛くないはずなのに、なんだか胸が痛い。
またお母さんに服を汚したって殴られた。
沢山沢山殴られた。
殴り終わるといつもお母さんは泣きながら抱きしめてくれる。
わたしが悪い子でごめんなさい。
服が汚れたら公園で洗ってから帰る事にした。
1968年11月22日
先生に相談してみた。
『そういうの困るんだよね』って言われた。
『どれが困るんですか』って聞いたらため息をつかれた。
先生は今日も見て見ぬふりをする。
わたしがいない方が教室が静かになるって他の先生に話してた。
困るのはわたしの存在なんだってわかった。
もう相談するのは辞めることにした。
1969年1月15日
またお母さんが新しい知らない男の人を連れてきた。
何人目かも、名前も覚えてない。
お母さんがご飯を買いに出かけたら部屋のドアがゆっくり開いた。
目を閉じたら全部消えると思ったけど、消えなかった。
『すぐ終わるから』って言われた。
体を洗っても洗っても臭いが消えない。
気持ち悪い。
1969年3月3日
お母さんに『やめさせて』って言った。
お母さん凄く笑ってた。
『そんな事するわけないじゃん』って。
その時のお母さんの目が一番怖かった。
あの人がわたしを見てくる目よりも。
もうお母さんに相談するのも辞めた。
1969年4月17日
最近またお母さんあまり帰らなくなった。
夜の男の人が今度は昼もいるようになった。
お腹が空いたっていうとまたあの人が口に入れてくる。
お風呂に入ろうとするとまたあの人が全身舐めてくる。
嫌がると沢山蹴られる。
痛くて動けないでいるとベッドに運ばれて覆いかぶさってくる。
怖い。気持ち悪い。
1969年5月30日
もう外に出ないって決めた。
部屋に鍵をかけた。
学校なんか行かなくても誰も困らない。
お母さんはそれに気づきもしない。
でも、いい。
一人でいる方が安全。
1969年6月2日
鍵はなんの意味もなかった。
『かわいいね』って言われた。
気持ち悪かった。
でも笑わないと怒られる気がして、頑張って笑った。
また『かわいいね』って言われた。
気持ち悪いのはわたし自身なのかもしれない。
1969年6月8日
いつも指をいれられていたのに今日は違った。
凄く痛くて怖かった。
ダメ、ヤダって言ったら喜ばれた。
叫んだら口に手を当てられて声が出せなくなった。
怖い怖い怖い怖い怖い。
全部が怖い。世界が怖い。
怖くて気持ち悪かった。
なのに泣けなかった。
そういえばいつから泣けなくなってたんだろ。
1969年6月9日
体中が痒い。
気持ち悪くて痛くて辛い。
なのに涙もでない。
死にたい。
消えたい。
いなくなりたい。
きっといなくなっても誰も困らないと思う。
後悔する人なんてきっといない。
お母さんはもうわたしを愛してないのかな。
やっぱりわたしが気持ち悪いからなのかな。
1969年7月25日
お母さんが最近また毎日帰るようになった。
あの人と毎日喧嘩してる。
喧嘩が終わると必ず泣きながら私のことを殴ってくる。
何か言いながら殴ってくるけど何を言ってるかわからない。
『ウマナキャヨカッタ』ってなんだろ。
わたしがいるとお母さんは悲しむのかな。
今日も『本当はこんな事したくないの』って抱きしめてくれた。
殴らせてごめんなさい、お母さん。
1969年8月7日
お母さんが家にいる時あの人はわたしのことを見向きもしない。
なんだかお母さんに守られてるみたいだなって感じた。
夜になるとお母さんがいなくなる。
あの人がまた扉を開けてくる。
お母さんずっと家にいてほしいな。
わたしを一人にしないで。
1969年9月10日
最近またお母さんが家にいない日が増えた。
『死にたい』と、声に出して言ってみた。
少し楽になった気がする。
誰にも聞かれてないけどそれでいい。
うるさくないように布団の中で枕に顔を押し当てながら何度も叫んだ。
不思議とまだ生きていたくなった。
やっぱり涙は出なかった。
この気持ちも全部ウソなのかなぁ。
1969年11月18日
団地の裏で隠れていたら小さくて白い変な子と出会った。
見たことないけど、多分ポケモン何だと思う。
なんでかわからないけど凄く怒ってるみたいだった。
でもわたしが近づいたら逃げなかった。
手を出したら、撫でさせてくれた。
少しだけ震えてた。
よくみたら傷だらけだった。
この子も私と同じで毎日お母さんに殴られてるのかもしれない。
コッソリ部屋に連れて帰り洗ってあげてわたしのご飯をあげてみた。
喜んで食べてその後眠った。
久しぶりに笑った気がする。
1969年11月19日
この子に《ブルーノ》って名前をつけた。
名前を呼んだらどこか嬉しそうだった。
いつも怒ってるのにどこか寂しそうなブルーノ。
わたしと同じだと思った。
そばに座ってくれた。
言葉はわからないけど、それでよかった。
恐る恐る抱きしめてみた。
逃げずに体を寄せてくれた。
ブルーノはわたしを気持ち悪いって思わないみたい。
凄く嬉しくてずっと抱きしめてた。
1969年11月25日
ブルーノがあの人に見つかったら棄てられちゃうかもしれない。
だからあの人がいる時はブルーノにはクローゼットの中から出ないようにしてもらってる。
気持ち悪いし怖いけど、ブルーノが側にいるから平気。
クローゼットをあけるといつもブルーノは凄く怒ってる。
涙を流しながら怒ってる。
大丈夫だよって抱きしめると静かに拳を震わせてる。
ブルーノがわたしの代わりに泣いて怒ってくれるから、わたしは大丈夫。
1969年12月4日
ブルーノが最近部屋の隅で壁を見ながら拳を震わせて怒ってる。
でもわたしの顔を見た時は落ち着いて優しくなる。
優しいブルーノの鼻にキスすると喜んでくれる。
それでまた二人で沢山笑っていられる。
ブルーノはクローゼットが嫌いみたい。
でもブルーノがいなくなるほうが嫌なのを伝えると渋々入ってくれる。
これじゃわたしも嫌なことを無理やりしてるのと変わらない。
なんとかしなきゃって思った。
1969年12月31日
食事を抜いて、小銭をためて、やっとモンスターボールを1つ買った。
でも、これで合ってるのかな。
どうすればいいのかわからない。
嫌がられたらどうしよう。怖い。
ブルーノにボールを見せて『ずっと一緒にいたい』って言ってみた。
ブルーノは少し驚いた表情を見せたあと何も言わずに自らボールに触れた。
ボールに吸い込まれるブルーノを見たら変な感情が湧き上がってきた。
涙が出て、止まらなかった。
多分これは《あんしん》何だと思う。
1970年1月7日
一緒に歩いて、一緒にごはんを食べて、一緒に寝て。
わたしの世界はブルーノでいっぱいになった。
もうさみしくない。
あの人が来る時だけはボールの中にいて貰うけど。
それでも前よりずっと近くにブルーノを感じるから大丈夫。
1970年3月2日
ブルーノがわたしの代わりに怒ってるのを見るとわたしは泣けるようになった。
わたしはブルーノに愛されてるんだって思うと涙が止まらなかった。
お母さんがいなくてももうさみしくなかった。
ブルーノはいつも側にいてくれる。
1970年6月22日
最近わたしが寝てる時ブルーノが一人で外に出るようになった。
目を覚ます頃には戻ってきてるけどいつも傷だらけになってた。
遠くにいってしまうんじゃないかって凄く不安になる。
でも必ず帰って来るからブルーノがやりたい事を邪魔しないようにした。
1970年7月9日
お母さんとあの人がいつも以上に凄く喧嘩してた。
抱きかかえたブルーノが唸ってた。
わたしは『大丈夫』って嘘をついた。
大きな音がして、何かが割れる音がした。
もうすぐしたら扉が開くかもしれないからブルーノをボールに入れて隠した。
体がまだ震えてる。
どうしてこんなにも世界は冷たいんだろう。
1970年11月18日
今日はわたしとブルーノの記念日。
誰にも知られてない二人だけの記念日。
何ヶ月もかけて貯めたお金でブルーノにプレゼントを買ってみた。
ブルーノは凄く喜んでスカーフを巻いてくれた。
やっぱり似合ってる。
きっと気に入ってくれるってこだわって選んでよかった。
かっこいいよブルーノ。
1970年12月31日
来年もブルーノと一緒にいられますように。
神様なんて信じてないけどこれだけはどうかお願いします。
1971年7月12日
目を覚ますとブルーノがいつも通り傷だらけで帰ってきた。
けど、体が凄く、凄く大きくなってた。
ビックリして見てると少し不安そうにこちらをチラチラと見てくるのが可愛かった。
抱きついたら前よりもふかふかで気持ちよかった。
抱きかかえられなくなったけど、代わりにブルーノが私を抱きしめてくれた。
どんな姿になってもブルーノはブルーノだよ。
1971年8月23日
最近あの人がわたしの体を殴りながらするようになった。
凄く怖い。凄く痛い。
ブルーノは私の体にできた痣に優しく触れてくる。
凄く痛くて怖かったのに、ブルーノが触れてる時はあったかく感じる。
ブルーノは静かに涙を流してた。
ごめんね、ブルーノ。
1971年11月9日
最近吐き気が止まらない。
今までも気持ち悪く感じる事は沢山あったけど、その比じゃない。
何度も吐いた。
吐いてる間いつも怒っているブルーノがオロオロしてた。
それが可愛くてなんだか笑ってしまった。
わたしは大丈夫。
ずっと一緒だよ。
1971年11月11日
最悪だ最悪だ最悪だ。
そんな事ないって信じたい。
お母さんの持ってたのが壊れてたって思いたかった。
だからブルーノのために貯めていたお金で新品を複数買ってきた。
何度やっても結果は変わらなかった。
死にたい。
また吐いた。
このままお腹の中が全部無くなればいいのに。
1971年11月15日
ずっと吐いて、ずっと死にたいって言ってる。
そんなわたしをブルーノはずっと抱きしめてくれる。
『もう限界かもしれない』って呟いた。
ブルーノは抱きしめながら何度も首を横に降った。
その姿が可愛くて、いつもみたいに鼻にキスして抱きしめた。
3日後にまたあの人達が帰って来る。
お母さんにもいずれ全てバレる。
想像しただけで吐き気が止まらなくなった。
わたしはなんのためにうまれてきたんだろう。
1971年11月18日
ブルーノへ。
あなたはわたしのたった一人の家族でした。
怒ってくれてありがとう。
抱きしめてくれてありがとう。
泣かせてくれてありがとう。
最期まで弱いわたしでごめんなさい。
でももうダメなの。
ブルーノとずっと一緒にいたいのに。
ずっと死にたいって気持ちが、想いが抜けなくなっちゃった。
息を吸うだけで苦しいの。
吐いても吐いても死にたい気持ちが無くならないの。
本当はずっと知ってた。
ブルーノがわたしの代わりにアイツらを倒せるように強くなってくれたのを。
殴る姿をわたしに見せたくなくてコッソリ鍛えてくれていたのも。
わたしが一言伝えればいつでもすぐにここから連れ出してくれてたのも。
ブルーノがいてくれるだけで今日まで生きられた。
本当にありがとう。
ごめんね。
ブルーノ、だいすきだよ。
わたしがいなくなったらボールは破壊していいから自由に生きて。
アナタのしたいことを、この広い世界で。
その後およそ10年間、イッシュ地方東部では猟奇的な通り魔事件が相次いだ。
ある高校の男子トイレでは《生徒の頭部が押し潰され便器に詰め込まれて》いた。
地下通路では少女の教師であった男性の《胴体が真っ二つに裂かれ、引きちぎられた腕が反対側の階段に落ちて》いた。
とある男子は廃工場で《サッカーボールほどの肉塊》となって転がっていた。
いずれの事件も現場周辺にいた無関係な通行人や駆けつけた警察は失神程度ですんだが、標的と見られる人物は例外なく惨殺されていたという。
変死体の数は優に100を超え、犯人の捜索および逮捕に尽力したが犯人の正確な目撃証言は皆無であった。
だが、上記の日記が公開されてからは《ブルーノ》と呼ばれる個体が関与しているものとされた。
現在、当時記録された姿や行動の分析から【ブルーノとは《コノヨザル》の可能性が極めて高い】とする報告書が提出されている。
コノヨザルが正式に発見されるのは事件から数十年後のことであり、イッシュ地方においては未だ目撃例はない。
これに対してポケモン研究所及び学会は以下のように発表している。
『本来特殊な環境下において使用できる《憤怒の拳》をブルーノは長期の怒りと憎しみにより会得していた。
そして少女が亡くなった後、無理やりボールから飛び出してきてその憤怒のエネルギーを繰り返し《家に向かって》ぶつけ続けた事で進化したと考えられる。
今では憤怒のエネルギーを正しくコントロールした上で会得させる特殊な技ではあるが、それを何の知識もなく自ら会得したのは極めて稀で、恐ろしい事だ。』
現在、ブルーノがどこにいるのか、まだ生きているのかは謎である。

――文・【マイケル・クルーズ】(イッシュ都市異常現象調査班)
【管理人の考察】
憤怒による暴力
警察のポケモンすら一瞬で吹き飛ばす戦闘能力、そして生身の人間に対する圧倒的な暴力行為。
しかし不思議と警察もポケモンもその後後遺症はなく平穏に暮らしているという。
それは激情と言えるほどの《憤怒》に包まれつつも明確な理性により制御された動きだったように思える。
母親とその交際相手に対する殺し方は凶悪そのもので憎しみの対象へは加減を一切していないのではないだろうか。
守られた少女の部屋
全体が血の惨劇と化していた中でリサ・マッケイの部屋だけ無傷のままだった。
そして吊るされた状態であったはずの彼女は毛布に包まれたまま眠るように亡くなっていた。
他の部屋に比べて明確に異質なその空間はブルーノにとって《破壊してはならない聖域》として強く認識されていたと考えられる。
ブルーノの憤怒は《彼女を守れなかった自分》に対する怒りと、彼女を傷つけた者たちへの処罰として発露したものであるはずだ。
だからこそ唯一無二の存在だった彼女の部屋を決して穢してはならないと無意識に制御していたのかもしれない。
10年間の猟奇事件の意味
事件後に発生した一連の猟奇殺人がブルーノによるものである可能性が極めて高い。
いずれの事件でも一般人は無傷で標的とされた人物のみが徹底的に破壊されている。
これは復讐の対象を明確に選んで行動している証拠であり、単なる野生化したポケモンの暴走とは一線を画している。
おそらく、日記にはより明確にイジメに加担した人の名前などが記されていたのではないだろうか。
もしくは日々リサ・マッケイがブルーノに名前や特徴を伝えていたのかもしれない。
《自由に生きて》というリサ・マッケイの最期の願いをブルーノは忠実に実行したにすぎないのではないだろうか。
全ての殺戮を終え、未だ所在不明のブルーノが今どこで何を思っているのか。
それを知る術は我々には持ち合わせてていないのかもしれない。
構事件録
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