発生日時:1994年6月
発生場所:ジョウト地方・コガネシティ
関与ポケモン:チュリネ(3体・トレーナー所有)
関与人物:ハラダ・ミユキ(保育士/逮捕)
【解決済】『良い保育士』になりたかった
1994年の初夏、コガネシティ郊外の認可保育園に通う園児たちに次々と不可解な異常行動が見られるようになった。
何もない空間に話しかけたり、呼びかけに反応しなくなったり、自分の名前を忘れてしまったり。
中には突然笑い始め、それが何時間も止まらないという子供もいたという。
保育園へ保護者からの報告は連日寄せられ1週間もしないうちに園児のほぼ全員について何らかの異変が指摘される事態となった。
だが園側は『園内に原因はない』と繰り返し説明し、園長も軽い謝罪の言葉こそ述べたものの具体的な対応は取られなかった。
しかし、子供を病院に連れていった複数の家庭から『明確な疾患は見られない』という診断結果が相次ぎ、その事に不安を覚えた数名が通報し、警察と保健当局が合同で調査に乗り出すこととなる。
調査の結果、異常行動を起こしていた全園児が【ハラダ・ミユキ(当時25歳)】のクラスに所属していたことが判明。
事情聴取を試みたところ、彼女は深々と頭を下げたまま崩れるように泣き出し、その場にいた園長が警察に帰るよう叫び始めるという異常事態が発生した。
混乱の中で警察は園長とミユキを別々で聴取することとなり、しばらくすると落ち着きを見せ始めたミユキが静かに事件の全容を語り始めた。
当時の園は深刻な人手不足に悩まされており、ミユキは1人で40人を超える園児の対応をしていたという。
連日の長時間勤務と落ち着きのない子供達への対応に追われる中で彼女は何度も退職を考えたが『自分が辞めたら子供達はどうなるのか』という思いから踏みとどまり続けていた。
そして1994年5月、同僚の保育士が突然退職し業務の負担が限界を超えたミユキは園長に相談したところ、園長は《とある方法》を持ちかけた。
それは《2体のメスと1体のオスのチュリネ》から採取した体液を混ぜて作る《特殊な液体》を使用することだった。
《チュリネ》の体液は適切な調合であればリラックス効果とデトックス効果があるとされ様々な飲食物にも使用されていた。
だが特殊な薬品を摂取させ、上記の組み合わせで混ぜ合わせると《快感の伴う幻覚作用》や《深い睡眠》、《一時的な記憶障害》などを引き起こす性質があると限られた者たちの間で知られていた。
園長からチュリネを譲り受けたミユキは半信半疑ながらも液体を数滴、園児たちの飲料水に混ぜて与えたという。
すると、それまで食後に騒いで走り回っていた園児たちが一斉に静まり、まるで何事もなかったかのようにお昼寝の時間に移行した。
その効果に感動したミユキは以降毎日その液体を用いるようになる。
だが半月ほどで効き目は薄れ、子供達はかえって以前よりも活発に騒ぐようになった。
1滴から3滴、5滴へと量を増やしていくも効果は安定せず、ついに一部の園児には《ほぼ原液》を飲ませるまでに陥った。
甘い匂いと味に喜んで口にした園児達は数秒後には瞳を開いたまま動かなくなり、呼びかけにも一切反応を示さず、数時間後には全員が眠り込んだという。
この光景に戦慄したミユキは、もう二度と使わないと誓った。
だが翌朝、再び元気に騒ぐ子供達の姿を前に『効果は一時的で後遺症もなく元に戻るのだから問題はない』と自己正当化し再びその行為を繰り返した。
捜査の結果、被害に遭っていた園児は38名にのぼり、その大半に長期間にわたる記憶障害や情緒の乱れが確認された。
また、日々薬品を与えられ体液を搾取されていたチュリネ達は分泌異常を起こす体質に変化しており、以降保護施設での治療を受けることとなった。
だが、それから十年以上が経過しても元の状態に戻らず、最終的には戻ることはないと結論付けられ保護施設内で生涯を終えることが決定された。
事件発覚後、保育園側は謝罪会見を行ったが長期間にわたって保護者からの訴えを無視し続けた経緯が明るみに出て運営法人には厳しい批判が集中した。
とくに園長による《黙認と助言》の存在が社会問題化し、全国的に保育士の労働環境や配置基準の見直しが進む契機となった。
逮捕後、ハラダ・ミユキは記者との手紙でのやり取りに応じ当時の心情や後悔を語った。
その内容は後に《『いい保育士』になりたかった》というタイトルで出版されている。
本の冒頭には園児や保護者への謝罪が記され、最終章では以下のように綴られている。
『私はずっと《私がいなきゃ子供たちは困る》と思い込んでいました。
自分だけが責任を背負っているような顔をして、誰にも助けを求めず、誰の声にも耳を貸さず、ただ勝手に追い込まれて、勝手に崩れていったんです。
あれは子供達のためなんかじゃなく、誰かに必要とされている自分でいたかっただけなんです。
自分の価値を自分で証明したかっただけ。
《必要とされるいい先生》であることに縋って自分の存在を保ちたかっただけだったんです。
もっと早く相談できたはずだった。
逃げ出すことだっていつでもできた。
私が辞めても代わりなんていくらでもいたんですから。
私は特別でも何でもなかったし、むしろいない方が皆のためになっていた。
居残り続け責任を背負い込んだのは全て私の勝手で、その結果としてあの子達の笑い声も、未来も、全て曇らせてしまった。
保護者の方々の毎日を壊し、憧れだった保育士という職業まで貶め、社会全体に恐怖と怒りと疑念を残してしまいました。
静かに眠るべきだったのはあの子達じゃなく私の方でした。
私がいたからこんなことになったんです。
私さえあの場にいなければ、誰も傷つかないですんだんです。
あの時もっと早く辞めて、私のような無能ではなく、別の方に任せていたらよかった。
今でも心の底からそう思っています。』
なお、チュリネの体液を原料とするこの液体は1996年に正式に《違法薬物》として指定されている。
以後、体液の採取や使用には厳格な資格制度が設けられ、チュリネと協力して製品開発を行っていた多くの企業が大きな打撃を受けた。

――文・【ハルカ・マチダ】(ジョウト地方フレイア出版・特集調査部)
【管理人の感想】
保育園という場が持つべきはずの《安心や信頼》が根底から覆るような事件であったと感じる。
保育士に憧れ、全身全霊で勤めていたものの、最も守るべき存在だった子供達が心や記憶に深い傷を残すことになった。
彼女が《責任感や使命感》と思い込んでいたものは、他者を排し自分を追い詰めていくための《枷》だったのではないだろうか。
ミユキの行為は決して許されるものではない。
だが、それが極端に自己中心的な暴走だったかといえばそうとも言い切れない。
彼女の根底は《誰かの役に立ちたい》という願いがあって、その歪んだ延長線上に今回の事件があったように思える。
それにしてもやりきれないのはチュリネたちの扱いである。
園長からも長らく《都合の良い存在》として扱われていた後遺症により最終的に一生回復しない体になってしまったのには深い悲しみを覚える。
人間だけでなくポケモンの尊厳までをも踏みにじったこの事件は本当に後味が悪い。
それは、加害者が誰よりも《優しい人間》になろうとしていたという事実が皮肉として突き刺さるからかもしれない。
構事件録
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