発生日時:明治11年(1878年)8月10日
発生場所:ヒスイ地方・コトブキ村南端の夜市小路
関与ポケモン:ヒスイニューラ(2体・野生)
【解決済】夜市を攫う影
1878年8月10日、ヒスイ地方の《コトブキ村南端》に位置する夜市小路で物品盗難事件が連日発生した。
最初の被害は夜市の《米俵一俵》と《干し果物を詰めた篭》が忽然と姿を消すというものだった。
周囲には争った形跡もなく、縄は丁寧に切断されており、何者かが人の目を盗んで持ち去ったものと見られた。
以降、同様の盗難が3夜続けて発生した。
二夜目には飴職人の屋台から《砂糖と飴細工》がごっそり持ち去られ、三夜目には《薬草屋の店先から包みが丸ごと》消失した。
昼間は穏やかで人通りの多い村も次第に夜には警戒の色を濃くしていった。
不審者の侵入を疑った村の駐在と夜回り組は8月13日深夜、夜市の裏手に張り込むことを決定した。
松明の灯りを避け、物陰に潜んでいた彼らが目にしたのは鋭く光る眼を持ち、猫のようにすばしこい影だった。
それは明らかにポケモンの姿であり、細身な体と大きな爪を持ち、その晩は市場の干物を抱えていたという。
白く輝く体毛で、尾と耳には羽のように逆立った紫色の毛があり、闇夜に溶け込むように静かに後肢で跳ねながら走る2体のポケモン。
犯人はその後の調査でコトブキ村ではまずお目にかかれない野生のニューラと同定された。
翌14日では改めて対策を講じて罠を仕掛けた所、片方の捕獲に成功した。
捕獲した方のニューラが大きく叫び、その声を聞いたもう一方は一度立ち止まったもののそのまま山間部へ逃走した。
そしてそれ以降同様の盗難はぱたりと止み、無事解決に至ったと記録されている。
なお、捕らえられた個体は当時の記録によると体長約120センチの大型のオス個体で、左後肢には何かと争ったであろう古傷があった。
その後の観察によれば彼は非常に警戒心が高く敵意を剥き出しでいたため、近づく事は危険極まりないとされごく一部の者を除いて誰も近づかなかった。
しかし、遠くから投げるように干し魚や乾燥果実等の餌を与えれば警戒はするもののシッカリ食べていたという。
村の長老は『山が痩せると夜に賢いヤツが降りてくる』と語っており、同年は冷夏により山間の木の実や小動物が不足していたという背景もあった。
当時はポケモンとの共生がまだ定まっておらず、こうした事件は単なる《野生動物による被害》として扱われがちだった。
そのため、それ以降の記録も基本的には野生動物としての扱いのみで、意思疎通を試みようとしたものは記録上誰もいなかったという。
事件後、コトブキ村では夜市の開催時間が短縮され、屋台は日没までに片付けることが推奨されるようになった。
さらに夜間は松明による巡回が強化され、食料品の保管についても施錠の徹底が指示されたという。
なお、日誌の最後にて捕獲されたニューラは数日後に山中へ戻されと記載されている。
そしてその後再び同様の被害は確認されていないため、二匹はその後山で無事生活していたのではないかと推測されている。
また、この事件はポケモンが人間社会を理解し、観察している例として後年のポケモン研究にも一定の示唆を与えたと言われている。

――文・【イソノ・ハルキ】(ヒスイ地方文献調査会)
【管理人の感想】
ヒスイ時代の記録にしてはかなり詳細に残されていた事件である。
1番印象に残るのは《捕獲されたニューラの叫び》と《それを聞いて立ち止まったもう一体》の姿である。
それはきっと逃げるよう促しただけではなく、あの場で何かを諦め、受け入れたようにも思える。
記録には性別までは記されていないが、もう一体はおそらくメス個体だったのではないだろうか。
夫婦あるいは兄妹(姉弟)など、いずれにせよ深く結びついた相手だったと推測できる。
声に反応して一度だけ足を止めたという一節からも、たまたま居合わせた個体の行動とはとても思えない。
盗難行為そのものを正当化はできないが、食料を選び、人が少ないタイミングを選び、物音ひとつ立てずに動いていたという観察記録を見ると単なる飢えだけではない、ある種の配慮にも似た慎重さが感じられる。
今の時代であればこうした事例に対応する保護団体や調査施設は無数にある。
捕獲してから山に戻すまでの間にもっと別の関係性が築けたかもしれない。
医療、給餌、環境調整、あるいは一時的な保護によってより穏やかな着地ができていた可能性もある。
だが当時の選択肢は限られていた。
戻されたニューラたちが果たしてその後も生き延びられたかは分からない。
飢えて亡くなった可能性も否定はできない。
文献の最後には《再び現れることはなかった》とあるが、それは山で暮らし続けたからなのか、それとも……
今となっては誰にも確かめようがない。
ただ、灯の消えた夜市の片隅で互いを見失った者の記憶だけが、ひっそりと残っているような気がしてならない。
構事件録
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